4月になっても仕事が無い…

営業を掛け続けるが全くダメだった。

事務所の残高も底をついてきた…このままでは社員の給料も出ない。

春から始まったレギュラー番組のプロデューサーに

事務所の人間をなんとか使ってもらえないか何度か掛け合ったが…


この頃、第5話に登場したスピリチュアルカウンセラーのおばちゃんと

たまたま会う事になった。

おばちゃんを紹介してくれたディレクター女史が中国でビジネスを始める事に

なって、その送別会だった。

また酔っ払って登場したおばちゃん…

「どや?仕事は?」

「あんまりや…困ってんねん。」

「ん?大丈夫や」

「アホか。今、金が全然あらへんねんで。新番組の担当者に必死で

 営業してんねんけど…さっぱりや。会いに行っても行き違い多いし…」

「そりゃそうやで…」

「あ?どういう事?」

「縁が無いねん、そのオッサンとは…」

「せやけど今、他にツテが無いんやからしゃーないわ」

「待っときやぁ…ガツガツせんでええから」

「アカンアカン!ほんまに倒産してまうわ」

「…すぐエエ人から電話あるわ。その仕事は引き受けなアカン。」

「またええかげんな事をいう」

「(笑)…その仕事でアンタ有名になるで…」

とおばちゃんは言った。

更に

「ワタシと会いたいという人、いっぱい居てんねん。せやけどな…

 約束しててもなんや偶然他の用事ができたりしてなかなか会われへん。

 ワタシとアンタ。何の約束もしてないのに会えるやんな。

 これ、縁や。」



数日後。

「テレビ東京の I です。」

会社設立後初めてやった特番の編成担当 I 氏からの電話だった。(第6話に登場)

「ご無沙汰しています。」

「INUI さん…卓球興味ありますか?」

「え…?卓球…?…興味は無いですね…」

「実はですね、テレビ東京は卓球の世界選手権放送の権利を買いました。

 今年、ゴールデンタイムを1週間ブチ抜いて放送します。

 誰かウチのスポーツ局以外でやれる人を…と考えた所、INUI さんを

 思い出したという訳です。」


「はぁ…ありがとうございます。」

「もう一度、INUIさんに奇跡を起こしてもらいたいんです。」

「奇跡ですかぁ…で、いつ放送なんですか?」

「来月です!」

「え?時間無いじゃないですか!?」

「来週、全社プロジェクト会議が行われます。一度来て下さい」


滅茶苦茶だった。

小生は卓球など見た事もない素人だ。

そんな人間に総合演出を依頼するなど気がふれている。

更に、ゴールデンタイムの1週間ブチ抜きのスポーツイベント中継が

1ヶ月で準備できるのか?

TBSの世界陸上などは1年掛かりで準備するのに…


?…これがおばちゃんの言う電話か…?


4月上旬のある日、テレビ東京の会議室。

全社プロジェクト…という割に会議はドン引き。誰も協力姿勢など無く。

スポーツ局からも出席者は3人だけという有様だった。

紹介をされて挨拶したが…「誰だお前?」という感じ。

全く無名の制作会社の人間だから、そのリアクションも仕方ないが…

それにしてもやる気が全く感じられない。

「失敗しそうだから携わりたくない」というムードがプンプンしていた。

正直、驚いた。


会議を終え、編成 I 氏に呼ばれた。

「今、状況はこんなもんなんです…INUIさんやってくれますか?」


小生は思っていた…楽しい…「完全なるアウェイじゃん」と。


「お引受けします…ただギャラを前払いにしていただけませんか?

 弊社は今、全く金が無いのです(笑)。

 そのかわり…成功させてみせます」


編成 I さんは笑ってこう言った

「成功なんて…言わないで下さい。形にしていただければいいですから」

「全権を私に委任して下さい。考えがありますから…

 それが合っていれば奇跡が起きるかもしれません。」


完全なるアウェイでマイナー競技「卓球」の世界選手権は始まった。


大きな穴が開いてツギハギになった手漕ぎのゴムボート。

逆風の中でしか発揮できない機動力もある。

それは「やりがい」である。