2006年初春 スケジュール白紙

企画書を書いて提出するも良い感触は無し…

そりゃそうだ(笑)

また、初年度DOORSの超予算オーバー、つまり大赤字がかなり問題になっていた。

Uプロデューサーは何やら「始末書」のような書類提出で大変だったらしく…

申し訳ございませんでした。


我が社は1月、2月…と全く仕事がなく…非常に困った状況になっていた。

春、営業に精を出すも空回り。

「こういう時、慌ててもしかたない」と小生と取締役の T は

アメリカの人気ドラマ「24 シリーズ」のDVDを事務所で見始めた

以来、仕事が無くなると事務所で「24」を見る事が恒例となる(笑)

経営者としては情け無い話だ。


仕事で行き詰まって色々と考えていた。


小生の祖父は父方、母方とも北海道に住んでいた。

父方の祖父は蝦夷富士といわれる羊蹄山の麓、

倶知安に家族と暮らしていた。

旧国鉄職員で…冬のある日、大雪が降った夜半、

線路の雪掻きをする為出掛け、ラッセル車(雪掻き用の列車)に巻き込まれ

亡くなった。

家族はこの連絡を聞いて駆けつけたが、現場には降り積もる雪の中に

赤い肉片だけが点々とあり…

幼かった小生の親父は祖父の肉片を拾い集め、リヤカーに乗せ…

泣きながら帰ったそうだ。

その夜、出掛けなくても良かったのに…祖父は

「お客さんの乗る列車が、滞ってはいけない」と言ったそうだ。

戦後、大した収入もないのに家にお相撲さんが何人も下宿していたらしく…

人に施す事に見返りを期待しない立派な人だったと祖母は小生に語った。


母方の祖父も旧国鉄の某駅駅長だった。

釧路に「愛国」という所があり、そこに家族と住んでいた。

最期は丹頂ツルの生息地にある老人性痴呆症用の寂しい施設で亡くなった。

葬儀の日、老人会の長老さんが皆に語った。

「この町に水道を引いてきたのは彼だったんだ。

 汽車に乗り、何度も何度も数年間に亘り札幌や東京に通い、掛け合って

 どこよりも早く下水道を完備させたんだ…今、この町にある水は…

 彼が運んだ水なんだ。」…と


亡くなる前、最後に施設で会った時、孫である小生の顔も分からなかったが…

帰りに鉄格子付の自動ドアまで見送ってくれ…

小生に敬礼をしていた…

そんなじいちゃんは若い頃、町の為に頑張っていたんだ。

知らなかった…。


そして、小生の親父。

某自動車メーカーに勤務して最後は取締役まで出世した。

セールスマン時代に車の売上台数日本一の記録を作り

未だその記録は破られていない。

小生が子供の頃、親父はNHKや新聞に登場して「セールスとは…?」

みたいな企画で語っていた。


ある時、親父に尋ねた

「どんな努力をしたら日本一になれるんだ?」

現役を退いていた親父は

「努力だけしてたってダメだ。」

「じゃぁどうすればいいんだろ?」

「オレが入社当時、札幌にはまだ馬車が走っていたんだ。

 東京を除き庶民には車なんて夢だった。


 色々方法はあったが…ひとつ教えてやろう。


 まず車を何台も必要としている会社を調べる。

 運送会社、タクシー会社、大きな牧場…なんでもいいんだ。

 そして毎朝、3時に家を出る、洗車道具を持って…

 調べておいた社長宅の駐車場には車がある…勿論運転手付きだろう。

 夜中のうちに車を洗い、ピカピカにしておくんだ。

 何軒か洗車して回って夜明け頃自分の会社に出社する。

 社長宅に朝、運転手が迎えに来ると車はピカピカだ。不思議だろう(笑)

 これを雪の日も雨の日も…続けていると

 社長は運転手に尋ねる…なぜいつもウチの車はキレイなんだ…君か?と

 運転手は確かめる為、夜中に駐車場で番をしていると、

 オレが洗車道具を持って現れる(笑)

 運転手に誰だと聞かれて T社のモノですと答え、名刺を渡す。

 社長の出勤まで運転手と待つ、すると家へ上がれとなる…

 あとは簡単だ。買って欲しい台数を言えばいいんだよ。

 これをエンドレスで何軒もやる…日本一になるというわけだ。

 出勤してから営業に一軒一軒回るなんてくだらん。

 出勤前に勝負はついているんだよ。

 努力だけではダメだ…努力は皆するんだ…要はアイデアとその為の努力だ。

 考えろ…どうやったら自分のやりたい事が成功するのかを!」


親父は北海道大学卒の田舎モノだ。

T社の学閥の中で出世する為には

他の人間を超えるアイデアが必要だったと思う。


小生は思う。

この世に生まれて、死ぬまでに何を残していくか…

雪の原野でお客さんの為に亡くなった祖父、

釧路のある町に水道を引いた祖父、

T社が世界一になっていくのを支えた父。


仕事の無い小さな有限会社のヘッポコ社長である小生。

このままで同じ墓に入れるのか…情けない長男である。


4月に入っても仕事はないままだった。