確かに「DOORS」の成功は大きかった
視聴率が出た日の午後、編成局へ弊社Tディレクターと御挨拶に行った
なんと編成局は全員スタンディングオベーションで我々を迎えて下さった。
感激だった…。
T と事務所に帰る為タクシーに乗った。
「良かったなぁ…」と小生。
T にはDOORSの会議からアトラクションの構築、細かい打合わせ…
小生の全てのノウハウを見せた。これで後継者が育ってくれるようになる。
そして、この評価で更にモチベーションが上がってくれるものと思っていた。
しかしT は…
「いやぁ…INUIさんはお世辞抜きで凄い人なんだと思いました。
でもオレ…こういうのは向いてないと思います。無理ですわ。」と。
「今回、T は初めてだったから戸惑っただけだ。何年かやればできるよ。」
「いや…無理です。こういう番組のノウハウをオレに託すのは止めて下さい。」
困った。
ウチに若いデイレクターは一人だけである。
T がこのノウハウを受け継ぐ気が無いとすると…
年齢的な事もあり、小生が現場に立てる限界も迫っている。
1回で全てを覚えるなんて無理だから…どうするか…。
T は本来バラエティ向きではある。
現在も弊社のバラエティ番組などではエースだ。
結局、この後、来年以降DOORSが続いても頭から打ち合わせには
参加しないと本人が決めたのだった。
秋、FOLCOM.は年末の特番の企画が通った。
DOORSの成功により企画が通り易かった事もあろう。
順調だった。
小生が何年も温めてきた企画
「史上最大のラーメン決戦 麺王」
TBSの年末ゴールデン特番だ。
この番組は「包丁人 味平」というマンガをモチーフにしたモノで
編成担当も「あ、味平ですね。面白い!」という二つ返事OKだった。
赤坂にある制作会社D社と制作協力という形で会議が始まった。
前出の深夜番組で御一緒した Ⅰ さんという超有名作家を
指名させて頂き相談にのってもらった。
一番の問題。
それは小生がグルメ番組の経験が無い事だった。
これは致命的な問題だった。今から思うと無茶だった。
ラーメン番組はすでに下火になりつつあり、
時期的にも微妙だったのだが…
作家 Ⅰ さんは小生に対して最後まで色々と
親身になって忠告して下さっていた。
ラーメンランキング本だったり、ラーメン特番でランキング発表される時、
自分の好みじゃなかったり、行列の長さだったりで
「ちゃんとランキング付けしてるのか?」と思い、
本当のランキング作りをしてみようと思い立った事から始まった。
実際、既成のランキングには色々良くない噂があった。
手間と時間をかけて出来上がった「麺王ランキング」には満足だった。
そのベスト4を横浜赤レンガ倉庫前の特設会場に呼び、
その場で新作ラーメンを作ってもらう。
一般の審査員500名は誰が作ったラーメンか知らされずに試食。
投票によってNo.1を決める番組が「麺王」だった。
収録は素晴らしかった。
泣けるラーメン番組が出来上がったと有頂天だった。
編集が終わり、ナレーション録り。
ナレーターは前のチームで御一緒していたT さんにお願いした。
T さんはナレーター界の超一流。現在も1億円プレイヤーである。
しかしその夜、1本の電話がプロデューサーにかかってきた。
悪い知らせだった…
視聴率が出た日の午後、編成局へ弊社Tディレクターと御挨拶に行った
なんと編成局は全員スタンディングオベーションで我々を迎えて下さった。
感激だった…。
T と事務所に帰る為タクシーに乗った。
「良かったなぁ…」と小生。
T にはDOORSの会議からアトラクションの構築、細かい打合わせ…
小生の全てのノウハウを見せた。これで後継者が育ってくれるようになる。
そして、この評価で更にモチベーションが上がってくれるものと思っていた。
しかしT は…
「いやぁ…INUIさんはお世辞抜きで凄い人なんだと思いました。
でもオレ…こういうのは向いてないと思います。無理ですわ。」と。
「今回、T は初めてだったから戸惑っただけだ。何年かやればできるよ。」
「いや…無理です。こういう番組のノウハウをオレに託すのは止めて下さい。」
困った。
ウチに若いデイレクターは一人だけである。
T がこのノウハウを受け継ぐ気が無いとすると…
年齢的な事もあり、小生が現場に立てる限界も迫っている。
1回で全てを覚えるなんて無理だから…どうするか…。
T は本来バラエティ向きではある。
現在も弊社のバラエティ番組などではエースだ。
結局、この後、来年以降DOORSが続いても頭から打ち合わせには
参加しないと本人が決めたのだった。
秋、FOLCOM.は年末の特番の企画が通った。
DOORSの成功により企画が通り易かった事もあろう。
順調だった。
小生が何年も温めてきた企画
「史上最大のラーメン決戦 麺王」
TBSの年末ゴールデン特番だ。
この番組は「包丁人 味平」というマンガをモチーフにしたモノで
編成担当も「あ、味平ですね。面白い!」という二つ返事OKだった。
赤坂にある制作会社D社と制作協力という形で会議が始まった。
前出の深夜番組で御一緒した Ⅰ さんという超有名作家を
指名させて頂き相談にのってもらった。
一番の問題。
それは小生がグルメ番組の経験が無い事だった。
これは致命的な問題だった。今から思うと無茶だった。
ラーメン番組はすでに下火になりつつあり、
時期的にも微妙だったのだが…
作家 Ⅰ さんは小生に対して最後まで色々と
親身になって忠告して下さっていた。
ラーメンランキング本だったり、ラーメン特番でランキング発表される時、
自分の好みじゃなかったり、行列の長さだったりで
「ちゃんとランキング付けしてるのか?」と思い、
本当のランキング作りをしてみようと思い立った事から始まった。
実際、既成のランキングには色々良くない噂があった。
手間と時間をかけて出来上がった「麺王ランキング」には満足だった。
そのベスト4を横浜赤レンガ倉庫前の特設会場に呼び、
その場で新作ラーメンを作ってもらう。
一般の審査員500名は誰が作ったラーメンか知らされずに試食。
投票によってNo.1を決める番組が「麺王」だった。
収録は素晴らしかった。
泣けるラーメン番組が出来上がったと有頂天だった。
編集が終わり、ナレーション録り。
ナレーターは前のチームで御一緒していたT さんにお願いした。
T さんはナレーター界の超一流。現在も1億円プレイヤーである。
しかしその夜、1本の電話がプロデューサーにかかってきた。
悪い知らせだった…