2005年 春

その年、TBSはテレビ放送50周年を迎え、

様々な巨大特番が目白押しだった。

編成のY氏の意味深な電話…

「秋までのスケジュール確保をお願いしたいんです。かなり大きな特番なので…

 興味あります?」

「ある。」


数日後、赤坂TBSにある喫茶店。

そこには編成Y氏、そして意外な男がいた。

「ご無沙汰しています…」

Tという社員ディレクターだった。たしかついこの前までADだったよな…


このYとT、広い意味で前にいたチームで一緒に仕事した事がある。

広い意味…とは直接番組が同じというわけではなく、

「プロデューサーが同じ番組」にいたという意味。

Yは小生の番組のADだったがすぐにスポーツドキュメンタリー担当になり、

Tは格闘技のADだった。


「実は…」とYが切り出した。

「TBSのテレビ放送50周年記念の4時間特番があります。これが…

 その企画書です。この企画書はここにいるTが書きました。」

Tの企画書…当時Tは日曜お昼の人気バラエティのディレクターだった。

20代の若手ディレクターの企画が50周年特番に通ったのか…驚いた。


小生は企画書を見た。

「TBSテレビ50周年記念特別番組 DOORS」と書いてあった。

「DOORS…か…」

中身を読むと…ある超人気コンピュータゲームソフトに酷似していた。

「これは…バイオ・ハザードだろ?」

「はい。」

現在ハリウッド映画としても有名なプレステのゲームソフト…

全編ゾンビと人間の戦いが繰り広げられるホラーものだ。


そう、現在お笑いバラエティとして放送されている「DOORS」の企画、

最初は「おばけ屋敷」だったのである。

「よく企画が通ったな(笑)」

「はい…で、相談というのは、この番組を成立させるのに、INUIさんに

 頼もう…Yと話して、それしかないだろうという事になりまして。」


感慨深い事だ。

別の番組のADで、小生の仕事ぶりを直接見たわけではないだろう二人。

この若い二人が必死で通した「記念特番企画書」成立に小生を呼ぶ。

小生が同じ仕事をする先輩だとするなら、冥利に尽きる。


更に…

「数億円の予算が出ます。失敗はできません…

 しかし今所属しているお昼の番組のスタッフには超大型アトラクション番組の

 ノウハウが無いんです。」と重ねた。

「なるほど…」と小生。

「プロデューサーはお昼の番組のUさん、ディレクターも同じ番組のKさんです。」


UさんとKさん…顔は知っているが、一度も一緒に仕事した事は無い。

「大丈夫ですか…?」とYが心配そうに尋ねた。



ここで少し説明が必要である。

小生は会社を立ち上げる直前までTBSのある人気番組を担当していた。

その番組のプロデューサーとちょっとした行き違いからモメてしまった。

誤解が生んだ「行き違い」で誤解は解けたが…結局、チームを辞めた。

TBSにとっては「プロデューサーとモメて番組チームを辞めた人間」として

印象づけられてしまったのである。

だから、TBSからの仕事は無いだろうと独立した時思っていた。


それだけに前出のスポーツ局M部長(第3話に登場)が小生にあの時点で

オリンピックの仕事をやらせたのはかなり勇気のいる事だっただろう。

だからあの時、感謝で涙が出たのである。


今回は利害関係でなく若い二人が小生を指名してくれた。

ありがたい。



しかしお昼の番組担当プロデューサーのUさんは小生をどう思っているんだろう…


「やらせてもらいたいが…難しい問題がある。まずUさんにお会いしてみよう…。」


解散してUさんにアポを取った。

「初めて御挨拶いたします。INUIです。」

「Uです。」

小生は前のチームを抜けた経緯、そして小生を使う事で御迷惑を

かけるかもしれない事をお話した。


「では前のチームのプロデューサーに僕がINUIさんを使う事を

 お詫びに行きましょう。頭を下げる事を僕は何とも思いませんから。」

と言って笑った。

「は?なぜUさんが頭を下げに行かれるのですか?」

「INUIさんを気に入ったからですよ。だからとやかく言われる前に

 謝っておいた方がいいでしょ」と…また笑った。


信じられなかった…こんな方がいるのに…TBSから仕事が無いだろうなんて

そう思っていた自分が恥ずかしい。


「ありがとうございます。全力でやらせていただきます。」


前のチームを辞め会社を作った時、もう二度と大きな番組に関わる事など

無いだろうと思っていた。

恵まれた環境に10年いたのだから…そんな幸運は何度も回って来ない。


神様っているかもな…と思った。再び小生を試そうとしているんだろう…


もう一度試してくれるのなら命を削っても構わない…死ぬ気でやろうと決めた。


数日後、最初の会議。

ディレクターのKさんが現れた。

Kさんは当時年末の大音楽特番のプロデューサーでもある方。

「あの有名なKさんですね。」

「あ~、あなたがあの有名なINUIさんですね」

という気持ち悪い挨拶にみんな爆笑だった。

小生もKさんも笑った。


会議にはプロデューサーのYさん、Kさん、企画のT、小生。

この日、たった4人の数億円特番プロジェクトがスタートした。


のちに企画のTはこの時の事を指して

「INUIさんとKさんが挨拶して笑った瞬間、番組は成功すると思った。」

といい加減な事を言っている(笑)