その後、Fもチームを抜け、
事務所も決まり、無事に会社登記も済ませた。
そして若い者3人が我々を慕って立ち上げに参加してくれた。
当初、用賀デニーズ作戦会議に参加していたWは元のチームを辞めなかった。
Wは結婚して間もない。
仕事も無い会社に、夢だけで加わるような冒険はできなかっただろう。
申し訳無さそうにしていた。
しかしある意味Wこそが一番現実を見据えていたと言える。
FOLCOM.は6人で出航する事になった。
会社のロゴは美大で先生もしているデザイナーFさんが
御好意で作ってくれる事になった。
デザインは小生の顔をモチーフにされた。
そして狭い事務所に会議用のテーブル・椅子・個人用デスク・戸棚・テレビ台…
これら全てをデザイナーF氏が寸法からコーディネートし
10年の付き合いである大道具会社Sの部長Iさんが作るという…
ある日、事務所に大御所2人がわざわざお見えになり、汗だくで組み立てて下さった。
赤と白を基調にしたデザイン事務所かと見紛うばかりのお洒落な部屋になった。
まさかこんなに色々作るとは…しかし一体いくらなんだ?金は無いと言ったのに
支払える金もほとんど無いぞ…全部でざっと100万円はするだろう…
「君と付き合って10年、色々あった。
金じゃないんだよ……君が立ち上げた会社だからいいんだ」と2人とも笑った。
ビールで乾杯し、2人は帰って行った。
格好良いオッサン達…一生御恩は忘れません。
いつか大きな事務所に引っ越せる日が来ても、絶対にこの小さな家具達と一緒です。
放送作家のM氏、T氏、タイムキーパーのNからもお祝いで色々頂戴した。
仲間がいるんだなぁ…と泣いた
さて…大問題は仕事である。
御存じかどうか分からないが、
テレビ局からの制作会社へのギャランティには2つの支払われ方がある。
1つめは番組を丸ごと局から任されて放送後に制作費が支払われるパターン
2つめは派遣で出向して人件費としてギャランティが支払われるパターン
ただいずれも放送後、約2か月しないとお金が入って来ないのである。
だから独立を志す者は次の仕事のメドを立てておくのだ。
情け無いが…我が社はゼロである。全くのバカである。
思い立って一ヶ月半で作った急造ゴムボートは向かうべき海が無い
急がねば…我々ヘッポコ取締役はいいとしても若い社員はどうなる?
まずは挨拶回りである。
20年来お世話になっているTBSスポーツの部長Mさんに真っ先にご報告しに伺う事にした。
「会社を作りました。」
「そうか…色々噂は聞いている。大変だったな。仕事はあるのか?」
「それが…お恥ずかしいのですが、全くのゼロです。」
「急だったからなぁ…頑張れよ」
励ましを戴いた。ありがとうございました。
TBSを後にして新宿へ向かった。
8年前、小生がいた人気番組をクビになり困っていたディレクター連中を
こっそり面倒見るために前出のCSスカパー「釣りビジョン」へ入れた。
今や皆、プロデューサーだ。そして一応、小生に義理がある。
しかし経営をソフトバンクに譲って以降、連絡は取っていなかった。
新宿のビルにその「釣りビジョン」はある。
面会を申し出るとOが現れた。いきさつを話し何か仕事を貰えないか頼んだのだが…
「なんとかしたいんですが…ソフトバンクさんが今更元の取締役を使うとは…」
「いや…若いヤツだけでいいんだが…」
「すみません。ソフトバンクの手前、難しいかと…」
外に出て「釣りビジョン」のビルを見上げた…俺は間違っていたのかなぁ
8年前、経営方針を巡って対立し取締役を降りた。その後旧経営陣は全員退陣。
出資していたソフトバンクに経営権が渡った…自分がその会社に頭を下げに来た。
情け無いにも程がある。
その時、携帯が鳴った。
M部長だ。
「もしもし?先ほどはありがとうございました。」
「今どこだ?」
「新宿ですが…」
「今から戻って来い。」
「はぁ」
「アテネオリンピックをやれ。」
新宿の大通り、涙が溢れ出た。仕事が来た。
手漕ぎのゴムボートは最初の一漕ぎを始めたのである…つづく
事務所も決まり、無事に会社登記も済ませた。
そして若い者3人が我々を慕って立ち上げに参加してくれた。
当初、用賀デニーズ作戦会議に参加していたWは元のチームを辞めなかった。
Wは結婚して間もない。
仕事も無い会社に、夢だけで加わるような冒険はできなかっただろう。
申し訳無さそうにしていた。
しかしある意味Wこそが一番現実を見据えていたと言える。
FOLCOM.は6人で出航する事になった。
会社のロゴは美大で先生もしているデザイナーFさんが
御好意で作ってくれる事になった。
デザインは小生の顔をモチーフにされた。
そして狭い事務所に会議用のテーブル・椅子・個人用デスク・戸棚・テレビ台…
これら全てをデザイナーF氏が寸法からコーディネートし
10年の付き合いである大道具会社Sの部長Iさんが作るという…
ある日、事務所に大御所2人がわざわざお見えになり、汗だくで組み立てて下さった。
赤と白を基調にしたデザイン事務所かと見紛うばかりのお洒落な部屋になった。
まさかこんなに色々作るとは…しかし一体いくらなんだ?金は無いと言ったのに
支払える金もほとんど無いぞ…全部でざっと100万円はするだろう…
「君と付き合って10年、色々あった。
金じゃないんだよ……君が立ち上げた会社だからいいんだ」と2人とも笑った。
ビールで乾杯し、2人は帰って行った。
格好良いオッサン達…一生御恩は忘れません。
いつか大きな事務所に引っ越せる日が来ても、絶対にこの小さな家具達と一緒です。
放送作家のM氏、T氏、タイムキーパーのNからもお祝いで色々頂戴した。
仲間がいるんだなぁ…と泣いた
さて…大問題は仕事である。
御存じかどうか分からないが、
テレビ局からの制作会社へのギャランティには2つの支払われ方がある。
1つめは番組を丸ごと局から任されて放送後に制作費が支払われるパターン
2つめは派遣で出向して人件費としてギャランティが支払われるパターン
ただいずれも放送後、約2か月しないとお金が入って来ないのである。
だから独立を志す者は次の仕事のメドを立てておくのだ。
情け無いが…我が社はゼロである。全くのバカである。
思い立って一ヶ月半で作った急造ゴムボートは向かうべき海が無い
急がねば…我々ヘッポコ取締役はいいとしても若い社員はどうなる?
まずは挨拶回りである。
20年来お世話になっているTBSスポーツの部長Mさんに真っ先にご報告しに伺う事にした。
「会社を作りました。」
「そうか…色々噂は聞いている。大変だったな。仕事はあるのか?」
「それが…お恥ずかしいのですが、全くのゼロです。」
「急だったからなぁ…頑張れよ」
励ましを戴いた。ありがとうございました。
TBSを後にして新宿へ向かった。
8年前、小生がいた人気番組をクビになり困っていたディレクター連中を
こっそり面倒見るために前出のCSスカパー「釣りビジョン」へ入れた。
今や皆、プロデューサーだ。そして一応、小生に義理がある。
しかし経営をソフトバンクに譲って以降、連絡は取っていなかった。
新宿のビルにその「釣りビジョン」はある。
面会を申し出るとOが現れた。いきさつを話し何か仕事を貰えないか頼んだのだが…
「なんとかしたいんですが…ソフトバンクさんが今更元の取締役を使うとは…」
「いや…若いヤツだけでいいんだが…」
「すみません。ソフトバンクの手前、難しいかと…」
外に出て「釣りビジョン」のビルを見上げた…俺は間違っていたのかなぁ
8年前、経営方針を巡って対立し取締役を降りた。その後旧経営陣は全員退陣。
出資していたソフトバンクに経営権が渡った…自分がその会社に頭を下げに来た。
情け無いにも程がある。
その時、携帯が鳴った。
M部長だ。
「もしもし?先ほどはありがとうございました。」
「今どこだ?」
「新宿ですが…」
「今から戻って来い。」
「はぁ」
「アテネオリンピックをやれ。」
新宿の大通り、涙が溢れ出た。仕事が来た。
手漕ぎのゴムボートは最初の一漕ぎを始めたのである…つづく