私はこの国では栄えてる県の栄えてない寂れたつまらない市に生まれた。

 

母と父と姉が居た。

母は18歳で姉を、20歳で私を産んだ。若く、未熟でアル中で美しい母だった。

父の年齢は知らない。

 

周囲から言わせると私はその父に似ているらしい。

繊細で、傷つきやすく、ギターや絵を描くことが趣味で、反面、怒ると手が付けられない。

そんな話を聞いたことがある。

 

そしてその父は薬物依存症だった。

 

私が3歳になるかならないかの頃に両親は離婚し、姉は父の方へ、私は母の方へ引き取られた。

 

朧気ながらその頃の記憶が残っている。

姉について回って二人で散歩をしていて「ドブって舐めると死ぬらしいよ」

と聞いた私は興味本位で舐めようとして姉が泣いている風景。

 

姉と二人で結露したガラス窓に絵を描いていたら「跡になるから止めろと言った」と父に叱られ叩かれる風景。

 

必ず仕事帰りにお土産(駄菓子)を買ってきてくれる父を姉と二人で玄関で待ち、父を迎える風景。

 

唯一欲しいものをおねだりできる日は父の給料日で、その日は書店に家族で行って

好きな本を1冊だけ買っていいというルールがあった。

姉と散々二人で悩みながら買う本を決める時間が一番楽しかった。

その書店の風景もある程度思い出せる。

 

 

原体験。私の人生はその喪失から始まった。

それが故に今後の人生に長くてひどく明度の低い暗灰色の影が延々と付きまとう。

それは今だってそうだ。少しばかり影は自分の日の当たらない部分だとわかっただけで。

 

母子家庭での二人暮らしが始まり、保育園から帰ると近所の幼馴染と遊んだり

私は特に本が好きだったので沢山本を読んだ。

 

母は若かったので夜の仕事で私を養った。

夜の世界の大人たちは私を可愛がってくれた。

私は店の片隅やバックヤードで計算ドリルや漢字ドリルを解いたり、本を読んだりして夜の時間を過ごした。

 

母の客だったのか、まったく知らない4人家族と一緒に数か月生活したこともあった。

血縁でも無さそうだし謎だったが私は考えることをやめた。

 

他の、独身であろう男性の家で暮らしている事もあった。

優しくない男だった。よくおつかいに行かされた。

 

母と男が裸で寝ているところを何度も見た。

それが何の行為なのか理解できなかったが、

どんよりとした重くて得体のしれない不穏なものが心に降りてくるのを感じた。

 

そうしているうちに母に恋人ができた。

とても優しい人だった。よく遊んでくれた。

そうして小学校に上がる前、5歳の頃に母は再婚してその一年後に妹が生まれた。

妹が生まれると継父は変わった。

虐待が始まった。

それは長い間続いて私の精神を徹底的に打ちのめした。

 

実父に最後に会ったのは小学3年生の時だ。

徳永英明の「壊れかけのレディオ」が車の中でラジオから流れていた。

「思春期に少年から大人に変わる」と聴いて

「早くその思春期になりたい。大人になりたい」と思っていた。

その思春期もひどいものだったが…

 

父が薬物依存症だと知るのはもっとずっと後の事だった。

 

誰にも虐待の事は言わなかった。

母は見て見ぬふりをした。妹は泣いている私を見て笑っていた。

 

ここまでが私の生まれてから小学3年生までの概要だ。

前なら酒を飲みながらではないと書けなかったであろう事ばかり。

 

……今はアールグレイにメイプルシロップを入れたものを飲んでいる。

窓の外は雨が降っていて日は出て来たけれど暗い。

もう一息ついたらピアノを弾こう。

 

また時間がある時に続きを書きます