ペタしてね

心穏やかな生き方

幸せを十分に感じる能力 幸せを感じる能力

幸福の側面 目の前の幸福・目標の幸福・夢の幸福

 目先の幸福ばかりを追って生きているように見える人がいる。そういう生き方をせつな主義とか快楽主義と言い、馬鹿にする人がいる。そういう言葉は使わなくても楽しんでいる若者を見て、「最近の若い者は・・・」と言う人は多い。私は快楽主義即悪いことだとは思わない。もし一生快楽主義で通すことができたら、それはそれで素晴らしい生き方だと思う。また、人生の中でせつな的に楽しむ時期があってもいい。もちろん生活の中に楽しむ時間を持つことはいいことだ。自分の目の前にある幸福を感じることは、幸福な生き方に不可欠だと思う。

 目標を持って生きている人は多い。ただし、それが幸福になるための目標ではなく、不幸にならないための目標の場合がある。あなたの今もっている目標はどちらだと思いますか?
 本来は幸福になる目標なのだが、その目標から幸福を感じることを忘れてしまう人が多い。私たちのすることは本来すべて幸福になるためにすることのはずだと思う。でもその本来の目的を忘れて、ただすればいいと思っていることが多い。
 目標を達成しても、それを当り前のことと思い、喜べない人。目標達成への過程をただつらいとしか思えない人。目標があってもイキイキと生きられない人。
 どうしたらその目標から、より多くより強く幸福を感じられるか考えてみよう。

 叶うか叶わないかわからないような夢を持って生きられない人は多い。夢なんかいらないと思っている人ならそれでいいと思う。夢を持って生きたいとは思っていても、現実にはそれができない人が多いのだと思う。将来のことや現在のことを理由にあげてあきらめてしまう。
 夢を持って生きることを簡単にあきらめない方がいいと思う。少なくとも自分の夢を探し続ける姿勢だけでも持ち続けたい。夢となりうることはたくさんある。その取り組み方もいろいろある。自分に合った夢の持ち方は必ずあると思う。

 目の前の幸福も、目標の幸福も、夢の幸福も、どれも馬鹿にしてはならない。ましてや人の幸福を批判しないほうがいい。批判することで自分の幸福が制限される。楽しんでいる人を批判した人は、自分が楽しむことがヘタになる。目標を持って頑張っている人をカッコ悪いと言う人は、自分が頑張るのがカッコ悪いと思ってしまう。夢を持って生きることを馬鹿にする人は、自分の夢を見つけられない。
 まあ、他人は批判しても、自分の場合はいいという人ならそれでいいが。

 目の前の幸福も目標の幸福も夢の幸福もたくさんある。それを探せるかどうかはあなたにかかっているし、どれを選択するかはあなたの自由だ。