リサイタルでした。
ソプラノの三好先生。
昨日、
京都府民ホールアルティにて。。
ソプラノリサイタル。
特に後半第二部の、
まばたきの詩人、
として知られる、水野源三氏のうた・・。
言葉も、全身の自由もうばわれた人。。
信仰の人。
イエス・キリストの愛と恵みを伝えるひととして
詩を作り続けた人。
からだの自由も、言葉の自由もうばわれ、
絶望的な状態のなかで生かされていることに感謝し、
神さまの御心にふれることができた、
と喜びを感じられるひと・・
すごいな、と思いました。
先生のご子息の朗読も入り、
歌と交互に織りなされていく、とてもきれいな歌なのですが、
舞台から透明があふれ出るような、
混じり気のない、みずみずしい聖水が溢れてくるような
感じでした。
とても心洗われました。
もちろん、その陰にはずっと
ピアノがあり、総計二時間近くのプログラムを
ずっとおひとりで支えられるピアニストの力もあり、
やはりピアニストも大変だなぁ、と
改めて感心したりしました (・・。)ゞ
いつも笑顔でいらっしゃる先生の、
思わずこちらに移ってきてしまうようなスマイル
終演後、
タイミングよくパチっ!としていただけました
その後沢山のお客様の中へきえて行かれました♡
Android携帯からの投稿
こんばんは・・。
今日も知らない世界を
垣間見て参りました・・
知らない、というより
知りたかった世界のより奥深く・・
というのでしょうか・・?
遠く昔から自分の中で
思い描きながら
掻き消して、
掻き消しても消せなくて、
泣く泣く取り出しては持ち続けている
しかもそれは
わたしの人生にとって大事、
なもの・・
でもとても大きなテーマだから
とてもうち勝てるものではないけれど、
焦がれる気持ちを掻き立てられるもの。。
それが夢。。
夢があるって、いいなぁ。
♡
いっぽずつ、等身大の自分が
前に、もしくは上に、夢に一ミリ進んだ‐!
と感じられた時、
生きてる♡
と言えるのではないのかしら・・
そういえば、
自分は今まで何をしてきたのか、、
25年間ふり返って、何もしてこなかった事実を
罪だと感じながら、
必死に自分が生きるために、
相手を愛しようと一心不乱に生きた、
美青年の話を、
思い出しました。。
とても悲しい結末だったのだけれど、
書かれていないだけで、
その25歳、の先には
長く、おおきな時間が、
または
輝く未来が
待っているのだろう、
と、余韻を残す書き方でしたが・・
わたしは私なりに、
そんな感じで夢を見ているだけなのかも
しれない。
知らない人の、知らない経験からなされる
空間、人、ピアノから、
伝わるもの・・
そこに自分を置いて、
一員となることで
さまざまなことを、勉強できる気がしました。



