ルアンポー・クーン(1923年10月4日生まれ、2015年5月16日逝去)
彼はタイ国内で「頭を叩く僧」として知られ、タイの仏教界で非常に著名な高僧です。ルアンポー・ペー、ルアンポー・プーンと並び、タイの近代三大聖僧の一人とされています。また、「生きる財神」とも称され、多くの信者が彼の祝福や「頭叩き」を求めて訪れました。
ルアンポー・クーン師は90歳を超えてもなお非凡な法力を持ちます。彼の加持したプラクルアンは、まるで天から授けられた様な神秘的な力を持つと信じられています。
2016年、彼の死去はタイ全土で多くの信者が深い悲しみを感じ、彼の死を悼みました。
当初、ルアンポー・クーン師はプラクルアンの加持には携わらず、「金針入体」の儀式に集中していました。
この技術は、彼の師匠であるルアンポー・コーンから受け継がれたものです。金針の動きが信者に危険が迫っていることを警告し、身の安全を守るとされていました。
彼は、平等に全ての人々に仏法を体験してもらうことが重要であると信じていました。しかし、年齢と共にこの儀式を行う機会は減りましたが、仏法を広める努力は変わりませんでした。
仏歴2512年(1969年)から、ルアンポー・クーン師は高く評価される仏像作品を作り始めました。
これには、仏歴2512年、2517年、2519年に制作された自像が含まれ、コレクターの間で非常に高い評価を得ています。
タイ国内だけでなく、シンガポールやマレーシアの信者たちも彼を訪れました。特に、仏歴2537年(1994年)にはマレーシアの信者たちの依頼で制作された「ソムデット」シリーズのプラクルアンが著名な例の一つとなりました。
彼のプラクルアンによって集められた寄付金は、主に社会福祉活動に使われ、特に彼が住職を務めるワット・バンライ寺院の建設や維持に貢献しました。また、学校、道路、橋、図書館、病院など、地域社会の発展にも力を加え、非常に多くの偉業を成し遂げました。
➖逸話➖
○1993年、タイの観光地にあるホテルが突然倒壊し、多くの死傷者が出ました。救助隊が三日三晩にわたって捜索を続け、諦めかけた時に、異常な音を聞きつけました。その音をたどると、20フィートの瓦礫の下にまだ生存している女性が発見されました。この女性は意識を失っていたにもかかわらず、身に着けていたルアンポー・クーンのプラクルアンが自分を守ってくれたと信じていました。
○同年、ある工場の火災で、3階の窓から飛び降りた女性が無傷で助かる出来事がありました。
彼女は飛び降りた瞬間、光が見えて、その後安全に着地できたと話し、これもまたルアンポー・クーンのプラクルアンのおかげだったと信じています。
○1992年には、教師が放課後に生徒から至近距離で散弾銃を撃たれました。服には24発の弾痕があったものの、皮膚表面がかすり傷を負っただけで命を取り留めました。この教師は、身に着けていたルアンポー・クーンの7つのプラクルアンと体内に植え込まれた「護符管」によって守られたと信じています。
※「護符管(金針)」とは、1950年からルアンポー・クーンが秘かに作り、念を込めた後、人体に埋め込む金属のお守りで邪気を払い、危険から身を守る効果があると信じられています。
タイの第9代国王であるプーミポン・アドゥンヤデート王も、ルアンポー・クーンに謙虚に跪いて祝福を受けたことで、彼の寺院は香火が絶えなくなりました。
彼は生涯で約60億バーツもの寄付を行い、慈善活動を通じて社会に大きな影響を与えました。
2015年、92歳でこの世を去った彼の葬儀には、多くの人々が参加し、16キロメートルにも及ぶ行列で彼の最後を見送りました。