その8

 ニックは今回の依頼の内容を目の前の、情報屋である老人に話し終えると、アメリカンスピリッツに火をつけた。

 窓の外の通りには、相変わらず映画館から出てくる客が溢れている。

 その群れの中に作業着を着たアジア人が一人、通りに停めたバンから歩道を歩いてくる。

 ニックは流し目でその男の行き先を追ったが、彼の目の前を通り過ぎ、そのまま歩いて行った。

「いつまでに調べればいい」

メモと鉛筆を尻のポケットにしまいながら目の前の老人が言った。

「できるだけ早く」

「わかった」

 彼は砂糖に手を伸ばすと、湯気の立つマグカップに入れてかき混ぜた。

「アメリカンは水みたいだろう。次回はエスプレッソだ」

 ニックのシナモン入りのコーヒーを見ながら不満を言った。

「水みたいだから店が儲かる、資本主義ってやつさ」

「エスプレッソの飲み方知ってるか」

「興味が無いな」

「エスプレッソってやつはな、本来小さいマグに入ってる。片手で包めるほど小さい。そのぐらいの量でも充分濃いから少ないんだ。ヨーロッパの連中はそいつに砂糖を糞大量にぶち込んでスプーンでぺろぺろ舐めるんだ、犬みたいに」

 彼は笑いながら次に話すことを考えている様子だったのでニックは反応しなかった。

「最近、サンバーナディーノに潜ったまま戻らない情報屋が多くてな。情報屋といっても多くが互いに連絡を取り合ってるわけじゃないから又聞きなんだが」

 彼はニックにタバコを指で要求した。

 タバコを咥えると窓の外に目をやりながら何かを思い出そうとしている風でもあった。

「そうだ。一番驚いた話は中国系の人間まで消されているってことだよ、ダニエル。あの町じゃ白人や黒人、メキシコ系は目立ちすぎる。町の人間で英語を話す人間は少ないし、町中の看板までが中国語って有様だ。そこでロサンゼルス市警(LAPD)の中国系の捜査員がチャイニーズマフィア捜査のためにあの町で仕事をしていた。お前さんが今からやろうとしていることさ。でもそいつはそのまま消えちまった。LAPDのプロが、だぜ」

「いつのことだ」

「先月さ」

 LAPDがチャイニーズマフィアに目をつける理由があるということだ。

 サンバーナディーノはLAPDの管轄外で、潜入捜査をするには州や郡レベルで共同作業が進行していると考えるのが妥当である。

 ダウンタウンとサンバーナディーノを結び付ける何かが。

 ニックは考えをめぐらしてはみたものの、警察関係者に知り合いがいるわけでもなく、これ以上聞いてみたところで大した手がかりが得られるようには思えなかった。

「そいつは初耳だな。爺さん、この仕事は無しだ」

 依頼人の背景で動く人間が多すぎるのは良い兆候ではないとニックはわかっていた。

「賛成だ。俺も消されたくないし、実を言うと中国語は読めないんだ」

 それから老人はゆっくり立ち上がりながらトイレへ向かった。

 ニックは、老人がレイカーズ戦を見守る客の間を抜けてトイレに行くのを見送ると、明日の断りの手はずを考えていた。

 ニックはメニューを手に取りそこにエスプレッソが書いてあるのを見つけると、ウェイトレスを呼ぼうとした。

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