『天盆』 王城夕紀(中公文庫)

 

 

天盆 (中公文庫) 天盆 (中公文庫)
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これは、かつてどこかにあった国での物語。

今残る、いかなる記にも残されていない国での物語。

 

この文章で始まる中華風ファンタジー。

小野不由美の「十二国記」ほど壮大な設定ではないのですが、蓋(がい)という国。

この国には、将棋のような盤戯「天盆」があり、天盆で国一番になった者は政治をつかさどることもある、というくらいなのですが、なかなか平民は天盆の大会で勝つことができない。

それは、やはり裕福な家系、天盆に力を入れている名家などずらりとあるから。

 

その反面、市井では「賭け天盆」が盛んです。

そんな賭け天盆ばかりやっている男、少勇。

 

そんな少勇が、捨て子を拾う。実は少勇はすでに12人の子供がいるのですが、すべて捨て子。家は妻の静と娘たちが食堂をやっている。

そこで、一人増えても同じだな・・・・・・と育てることにした男の子が凡天。

 

凡天は、父から天盆を教わり、のみこみが早く、あっという間に上の兄弟姉妹たちを負かしてしまう。

次兄の二秀が、天盆の才があり、天盆塾に通い、天盆を教えたりしています。二秀についてどんどん天盆の才能を発揮していく凡天。

 

そして、わずか十歳にして国を東西南北に分けての天盆の大会に出るまでになります。

次々と凡天の前に現れる強敵たち。

天盆以外の事は何もできないともいえる、勝つことよりも天盆が楽しくてたまらないから・・・・・・という凡天は無欲の勝利を得ていきますが、おりしも隣国、陳国が攻め入ろうという時でした。

 

何よりも凡天が、気持よく勝って、勝っていく姿がいいのですね。ロバート・アルドリッチ監督の『カルフォルニア・ドールズ』という映画があるのですが、女子プロレスもので練習や経験を重ねて気持よくすかっと勝つ、みたいな爽快感があります。

 

天盆という盤戯が、一体どういうルールなのかは詳しく描かれません。将棋に似たようなゲームだとはわかるのですが、もっとマス目が多く複雑。色々な相手と戦いますが、その天盆の攻め守りの様子がとても緊迫感を持って描かれます。

 

家の食堂の切り盛りをする三鈴、四鈴、五鈴の三姉妹、眉目秀麗な六麗、仲のよい七角と八角の兄弟、ひねくれもの十偉、そしてあまり出てこないけれど最後になってかっこよく登場、長兄の一龍。

 

周りの人は何かというと、「実の親子じゃない」「血がつながっていない」とはやしたてますが、子供達はそれぞれに役割があって普通の家族と変わりません。

天盆で凡天に勝とうと焦る人々は、凡天の出自をさげすんだり、家族を人質にとるようなことをしたり、直接的に襲ったり、あらゆる手を使ってきますが、無邪気に天盆が好き、という凡天にはかなわない。

 

私事ですが、父が亡くなった時、遺産がどうのこうのという事がありました。

母と私が父の介護をしていたのですが、お金、遺産の事になると「血がつながっているんだから」「親子なんだから」と見向きもしなかった「人たち」が「金をよこせ」と言ってきたのを黙って見ていました。

というより、父はすでに生前に全て決めていたから、私が口をはさむ必要はなく、粛々とその通りにするだけですが、それでもぶつぶつごねる「人たち」がいました。

 

その時、つくづく「家族ってなんだろう」と私は思ったのです。

 

少勇と静の子供は13人いても全て捨て子。血はつながっていない。それでも家族だといちいち口に出すことはなく、一緒に暮らしている。

助け合い、喧嘩しながら、一緒に暮らし、生活している。「(家族であるのに)どういう理由が必要なのか?」と少勇が言います。

 

この物語は、色々な要素が上手く絡み合っていて、その配分、非常に上手いですね。読んでいて気持よく、そして読後の余韻もとてもいい小説です。