『エストニア紀行』梨木香歩(新潮文庫)

 

 

 

 梨木香歩さんは、何故、エストニアに行ったのか?

その理由は語られていません。

直行便がないため、トランジットでエストニアに足を踏み入れるところから始まります。

まずは、首都のタリン。一週間かけて地方をまわり、またタリンに戻るまでです。

 

 人は旅をしているとき皆、詩人になる、といった事を夏目漱石は『草枕』で書いていました。

エストニアは、ロシアとラトビアに接し、フィンランド湾をはさんで対岸はフィンランド。

船だと一時間くらいでフィンランドに行けるところにあります。

 

 編集者とカメラマンと共にハードなスケジュールの中、梨木さんはエストニアから詩をみつけようとしているようです。

鳥に、路傍の日本にはない野花に、たくさんの種類のキノコに、森に、芦の原に。

 

 忙しいスケジュールの中でも急がない旅。

カヌーにも乗りますが、ガイドの青年が皆で競争しようとするのを制する梨木さん。

 

人になんと思われようがかまわない。私は自然とのコミュニケーションのほか、すべてを無視することにした。ただひたすら風の音に耳を澄ませ、草の息を感じ取り、その強弱を摑み、皮膚の中に取り込む。持って帰るのだ。

 

 梨木さんは、通訳やガイドの人に大変気を遣うけれども、文句を言うのではなく、自分はこうしたい、と思うことをきちんと伝える。無理のない範囲で。忙しくて、無理をしてしまいがちな中、無理をしない。

 

 どんな国に行ったとしても梨木さんは、その国を身体に取り込み持って帰れる人。

それはやはり、自分の中にひとつの森を持っているから。

森を持っているということは、そこに木々や生物や植物を持っているということです。

コウノトリは、厳しい冬を察すると一斉に南へ飛び去ってしまうといいます。

梨木さんも、何かを察すると自分の中で、それを取り入れる、または、なくす術を知っています。

 

 旅人である、ということは楽しいと同時に不安なことです。

または、何をしたいのかという意識の違いが人それぞれあるのだ、ということを梨木さんは十分わかった上で、自分の中の森にエストニアという遠い国の自然を取り入れることを考えていたのではないでしょうか。

エストニアには永住したいと思うくらい惹かれるのですが、しかし梨木さんはやはり旅人なのだと思います。旅をして何を持ち帰るか・・・

そんなことを静かに問う紀行文。