『海峡の光』 辻仁成(新潮文庫)

 

 

 

 

 絵画は写真と違って、明らかに自然光ではない光でもって闇を描くことがあります。

ありえない光によって作られる真っ暗な闇。

 

 この小説は、タイトルに光とついているのですが、闇を描いています。

どうしようもない心の中の闇の中に飛び込んでいく勇気のある文章。

主人公、斉藤は函館少年刑務所の刑務官。

 

斉藤は函館から出たことがありません。

東京の刑務所から花井という男が送られてくる。

この花井という男は、斉藤が小学校の時、同級生で斉藤の事をいじめて、いじめていじめまくった少年。18年ぶりの再会。

 

 斉藤は、小学校のいじめから抜け出したくて中学高校とラグビー部に入り、身体を鍛え、もう、「誰からもいじめられない」という一種の陶酔状態だったのですが、花井の出現でその陶酔は、足元からすくわれてしまう。

転校してしまった花井。いなくなってしまった花井。もう、花井さえいなければ、誰からも傷つけられない。むしろ、今度は自分が人を傷つけられる状態。

劣等感は、ちょっと形を変えると歪んだ優越感に変る。

 

 花井はもしかしたら、政治家などに向いているのかもしれません。

または、人を上手く扇動させるという意味では、リーダーの素質がある。

ただし、花井のリーダーシップは、おそらく革命といったものかもしれません。

花井の傷害事件となんとしても刑務所にという気持は私の理解を超えています。

とことん悪の匂いを振りまきながらも、優等生を続ける花井の恐ろしさは、読んでいて、不気味で、戦慄が走るものがあります。

 

 海というのがこの物語の背景です。それも人の命を奪う暗い海。花井と斉藤という人間の間にある暗い海峡。

子どもの頃からの劣等感は、虚勢をはって優越感に変えられたとしてもそれは砂州の上、砂の上のもろい歪んだ優越感。

そんな歪んだ優越感にすがらざるをえない一人の弱い人間をこの小説は突き放さず、かといって救いもしない。ただ、たんたんと「見せる」

映像で再現は難しい「ありえない光から生まれた闇」を見事に切り取っています。

 

 確かに暗い話かもしれないけれど、光さすところに必ず影はある。幽霊やヴァンパイヤは影がない、といいます。影や闇があるからこそ生きた人間なのだ、とつくづく思う。斉藤も花井も、道は違っても影や闇を人知れず抱えて生きていく。

しかし、その影は表にはなかなかでない、その出た一瞬を切り取ったような小説。

1997年芥川賞受賞作。

 

 

 

終わり。