『ユルスナールの靴』 須賀敦子(河出文庫)

 

 

 

 

「だれの周囲にも、たぶん、名は以前から耳にしていても、じっさいには読む機会にめぐりあうこともなく、歳月がすぎるといった作家や作品はたくさんあるだろう。

そのあいだも、その人の名や作品についての文章を読んだり、それが話に出たりするたびに、じっさいの作品を読んでみたい衝動はうごめいても、そこに到らないまま時間はすぎる。じぶんと本のあいだがどうしても埋まらないのだ。」

 

 須賀敦子さんの著作は、今まで何度も話題になっていたのを知っていたし、興味もあったのですが、手にとると遠い人のように感じて、読み切ることができずにいました。

 

 しかし、この本では、フランスの文学者、マルグリット・ユルスナールの著作やその人生、人柄を追いながら、自分の過去と現在をすりあわせていくようで、ゆるやかで、端正なわかりやすい文章が続いています。話が面白いというよりもこのまま、須賀敦子さんの文章にずっと温泉につかるようにつかっていたい、と思うのでした。

 

 マルグリット・ユルスナールの著作は、フランスでは評価が高いのですが、その人生は、第二次世界大戦前に、そんなに長く行くつもりはなかったアメリカに足止めという形になり、後の人生をアメリカで過ごす人です。

同性愛者でもあり、よきパートナーの女性と一緒に行ったアメリカ。

お金がない、といいつつも贅沢旅行を繰り返す旅の人。須賀さんもイタリアに暮らしていた人だけれども価値観が全然違う、旅の感覚がもともと違う人、と評しています。

 

 どちらかというと、端正で、淡泊で、あまり熱することない冷静な文章ですが、難しい漢字は使わず、ユルスナールの人生と自分の人生を交互に描き、それがするすると頭に入るというより、全身で吸収されるという感じです。

 

 「きっちりと足に合った靴さえあれば、じぶんはどこまでも歩いていけるはずだ。」

 

 この文章で始まるのですが、自分の進路に迷った時、悩んだ時、じぶんに合う靴が

ないからだ・・・と思ってしまう心理。

言い訳というより、嘆息といっていいような文章が今の自分の気持にぴったりよりそう。

やっと、須賀敦子さん、という靴がぴったりするようになったのだ、と読み終わっても何度もぱらぱらと読み返して、一日が過ぎてしまう、そんな本でした。

 

 

終わり。