『パレード』 吉田修一(幻冬舎文庫)

 

  

 

 都内の2LDKのマンションに暮らす4人の男女。

良介:21歳:大学生。ごく普通の地方から東京の大学に進学した男の子。

琴ちゃん:23歳:無職。人気俳優の恋人で、その恋人からの連絡を待つだけの日々。

未来:24歳:イラストレーター兼雑貨屋店長。かなりの酒乱。

直輝:28歳:映画配給会社勤務。とても忙しい日々を送っている。

サトル:自称18歳:男娼。4人の共同生活にするり、と入り込んでくる。なれ合いのような共同生活にさざ波を起こす。

 

 なにがこわいといって、この若者たちに「あまりにも未来がない」ということです。

それでいい、と達観してしまっているところが、じわじわわかってきてこわいのです。

何がしたい、とか何ができない、といった葛藤という言葉はこの4人からは感じられません。

自分としては当然の「ああしたい、こうしたい、これはいや、これはどうしたら?」という悩みが描かれないのがこわい。

 

 文章に書かれない、描かれない「未来のなさ」が、5人の胸のうち・・・がわかるようになるとそれがとても不安でこわくて、やるせない。しかし、何故か、私はこの5人にとても親しみをもちました。

 

 それぞれ干渉はしないけれど、それだけにほとんど相手のことを知らない、わからないまま話をしたりする「匿名」の世界、ネットの掲示板やチャットなのではないか・・・未来は、それを、「共同生活にでは皆がそれなりの演技をしている・・・・」と、思う。

しかし、人なつっこいようで、したたかなサトルは、私たち4人を上回る超役者・・・なのではないか、と危惧しはじめます。

 

 なんの拘束もない、いつ去ってもいい、「これからよろしくお願いします」と言うのと同時に「さようなら。元気でね」と言っているような4人の24時間、一週間、一か月・・・刹那的というより、あまりにもはかない若者たち。

 そして、仮面をつけて演技しているような5人のパレードは、意外な別の仮面が出てきます。

仮面をとると顔ではなくて、仮面の下にまた仮面・・・?というこれまた、こわいのですね。

 

  5人は、結局、一人暮らしはできないのでしょう。ひとりは寂しい、ふたりは窮屈・・・からはじまった5人の生活。人と人との距離をこれだけ凝視した物語はあまりないと思います。

 

 この物語は行定勲監督で映画化されて、私はこの映画が大好き。なぜ、行定監督でこの映画の名前が出ないのかと思うくらいです。特にサトルを演じた当時20歳の林遣都は良かったですね。

意地悪な妖精のようでした。

 

 

終わり。