『私の東京町歩き』 川本三郎(ちくま文庫)

 

 

 

 

 私は散歩をしません。内田樹さんも同様の事を書かれていたのですが、目的地から目的地へは行くけれど、途中、寄り道があったとしてもあてなくぶらぶらはしないのです。

 

 では、なぜ、川本三郎さんの東京町歩きの本が読めるのか、というと行く場所に

あります。西東京である阿佐ヶ谷に生れ、今も住む川本さんは、永井荷風や大正時代の作家がお好きということで、東東京を好んで歩かれます。

 

 東東京には川が、隅田川、中川、荒川、江戸川と流れていて、川の町です。

昭和の商店街が残っているような下町の風情がお好みのようで、観光ではなく単なる町歩き、とあくまで謙虚です。

カメラを持って写真を撮って歩くのも観光客みたいで嫌だ、と少ない荷物でふらりと商店街にまぎれこむ。そして、食堂や居酒屋にふらりと入って安い肴でビールを飲む。いつもひとりで歩いています。

 

 散歩というより、町に紛れ込みに行く、という方が正しいのではないか、という感じでしょうか。

人は歩く時、どこを見ているのか、ということを考えてしまいます。

路地なんて目に入らない人もいるだろうし、施設(公園とか観光地)を目的に見て下さい、と作られたものを見る人もいるでしょう。

 

 しかし、川本さんの頭の中には、過去の文人たちの描いた土地、日本映画で観た土地や建物などが去来しています。

町を歩きながら、ここは、映画で描かれた町、主人公が歩いた土手、文人の描いた川・・・川本さんは、ご自身の事を無趣味と書かれていますが、本や映画に大変詳しいけれど、スポーツやレジャーとは無縁な方だと思いつきました。

 

 町の写真が所々ありますが、写真家は、武田泰淳、百合子夫妻の一人娘、武田花さん。武田百合子さんの『富士日記』で、花と書かれていたお嬢さんです。

 

 この文章が書かれたのが1980年代終わりのころで、ウォーターフロントという言葉ができた頃でした。

遠くに川沿いにある高層マンション群、しかし、手前は何もない野原、そんな風景の写真があります。

まだまだ、東京に残る明治、大正、昭和の町並に溶け込んでいく川本さんの後ろ姿が目に浮かぶようです。

 

 

終わり。