『吉原手引草』 松井今朝子(幻冬舎文庫)

 

 

 この物語は江戸時代の一文化ともいえる吉原で、一番ともいわれた葛城花魁をめぐる16人の証言を集めたものです。

まず、誰が何のために葛城の起こした事の真相を知りたいと思うのか、いわば探偵である人物の姿は見えません。

あくまでも、話を聞かれたものの喋り言葉のみで構成されています。

誰もが「若くてちょっといい男」と言う。それしか聞き手の姿は見えません。

 

 作者は、吉原で働く者、吉原に通い熟知している者に語らせ、その吉原とはどんな仕組みになっていたのか、どういう人々が集い、どんなしきたりがあったのか・・・まるで映像を見ているかのように再現させています。

 

 手引茶屋内儀、見世番、番頭、遣手、女衒(ぜげん)といった、今で言う店の主人、女将、用心棒、花魁や女郎たちの見張り、吉原の中にある古着屋、そして客となった金のある商人たちの話。

誰もが葛城の事をあまり語りたがらない。何があったのか。それをひっぱる力がまずあります。

 

 花魁ともなると着物に凝り、下で使う者、見習い少女の教育などをすべて自腹でやり、ごひいきの力を借りなければならない。

そのすさまじいまでの厳しい世界を花魁という一番の高さまで登りつめた、葛城。

不思議と葛城を悪く言う人がいない。容姿も美しかったけれど、客人に媚びをあまり売らず、おのずと人好きがするような人物である、と口ぐちに言います。

 

 聞き手の姿をひたすら隠すように、葛城花魁の姿もなかなか見えない。結局、誰が話す葛城が本当の葛城だったのか、どの人も葛城のある一面だけを見て判断していたのでしょう。

そんな中、ひとり沈黙を守って筋を通した葛城の姿は夏の逃げ水のようにきらりと光るかと思うとさっと消えてしまう。

 

 葛城本人しか本人の気持などわからないのでしょうが、16人の弁から見える葛城は、ひとことで言うととても切ないけれど、凛としています。どんなに花魁という地位になっても、結局、身請けされなければ外に出られず、一生、吉原という刺青を背負って生きていかなければならない身なのです。

 

 誰からも好かれるは、今の時代でも無理があり、無理があるからこそ、人は悩み、自分を客観する事が出来る人は何かしらの成長があり、自分の道をすすんでいくしかないのです。

自分の今いる立場に溺れず、周囲をきちんと見極める事の難しさをつくづく感じます。作者はどんな立場、身分の者であっても、その誇りを捨てない姿、誇りに上下も善悪も大小もないことを垣間見える葛城の姿でもって見事に描き出しています。

 

 

終わり。