「すぐ他人を怒る人」と「怒らない人」の決定的な差
人間関係のトラブル、仕事のパフォーマンスやモチベーションの低下、夫婦間の不和、心身の不調……。さまざまな悩みの根底には、心の奥底に炭火のようにくすぶり続ける「怒り」がある――。
新著『しつこい怒りが脳から消えていく本』では、精神科医・僧侶・カウンセラーの著者、斉藤大法氏が「怒りを長期化させない」ためのアンガーマネジメント術を紹介。本稿では、同書から一部を抜粋してお届けします。
怒りを手放すには
●忘れようとすればするほど忘れられない
私たちは、怒りを消そうと思うあまり、「忘れよう」と必死になります。が、この行為は逆効果です。なぜなら、「忘れよう」とすればするほど、その対象に意識を向けることになるからです。
逆説的ですが、怒りをなくそうと「執着」すればするほど、そこに意識が集中されてしまい、むしろ怒りが強まっていくのです。
では、どうすればいいのでしょうか。意外にも答えはシンプルです。
その怒りを「忘れよう」とするのではなく、自分が怒っていることを認めつつ、思うがままにして、何かほかのことに没頭するのです。自分が本当に楽しいと感じること、心から喜びを感じられることに時間を費やすのです。
●怒りを手放す3つのステップ
たとえば、スポーツで汗を流したあとの爽快感を思い出してみてください。思い切り体を動かしたあと、さっきまで怒っていたことを蒸し返して、また同じように怒り続けるでしょうか。
少なくとも、しばらくは怒りから離れられると思います。
もちろん、また怒りがわいてくるかもしれません。それでもやはり、
①「忘れよう」としない
②何かほかのことに没頭する
③それを繰り返す
というのをひたすら実践するのです。すると、やがてその怒りを手放せるときが必ずきます。
人間は自己中心的な生き物
●「正義中毒」からの抜け出し方
自分の考えや意見、価値観を絶対視する人は、他人に怒りを抱きやすい傾向があります。
脳科学者の中野信子さんの著作『人は、なぜ他人を許せないのか?』(アスコム)に出てくる「正義中毒」という概念は、まさにこの現象を表していると思います。つまり、自分の正義を振りかざすあまり、他人を許せなくなってしまうのです。
「他者を許す」という行為は、私たちにとって想像以上に難しいことです。人間は自己中心的な生き物で、自分が一番大事だからです。
そのため、自分に不利益なことをしてくる人や、自分が損をする状況を簡単には許せません。つまり「正義」といっても、それは普遍的な正義などではなく、自分のご都合を基にした個人的信条に過ぎないことが少なくないのです。
これは逆説的な提案ですが、
①まず、自分は自分が一番大事だと思っている、ということを自覚すること
②それゆえ、他人も自分が一番大事だと思っている、ということを理解すること
それが正義中毒から抜け出す第一歩です。
●「みんな自分が一番愛おしい」
こんな逸話があります。
ある国の王様が、お妃様と、「世界で一番大事なものはなんだと思う?」という話になりました。
王様が少し迷いながら、「じつは自分が一番大事だと思っているけれど、それでいいのだろうか」というと、お妃様は、「じつは私もそうなんです」と王様に本心を話しました。
正義を必要以上に振りかざす
●「攻撃的な人」は満たされない
自己実現できていなかったり、何か不平や不満があったりする人ほど、自分の正義を振りかざして他人を攻撃し、そこから快感を得ようとする傾向があります。
「論破してやった!」「間違った考えを正してやった!」「自分はいいことをした!」と。まさに「正義の暴走」です。
じつは正義などどうでもよく、ただ人を打ち負かすことで自分の心を満たそうとしているのでしょう。自己実現をして、物心ともに満たされた生活をしている人で、自分の正義を必要以上に振りかざす人を私は知りません。
お釈迦さまの「自分が自分を一番大切に思うように、他人も自分のことを一番大切に思っているんだ」という教えは、ここにつながっているのです。
●「勝手に失望し、勝手に怒る」人
また、相手への「依存」が正義中毒を生んでいることもあります。
尊敬する人やあこがれの人から強い影響を受けることはよくあります。尊敬する上司やあこがれの成功者など、自分が「正しさ」のお手本にしている人が、突然いままでと違う言動をしたらどうでしょう。
場合によっては、それまで抱いていた尊敬の念が一気に崩れ、「裏切られた。とんでもないやつだ!」と怒りがわくかもしれません。
じつは、これは、本当の尊敬ではないのです。
自分の理想をその人に投影して、「同じ正しさ」を共有していることに喜びや安心感を得ていたのに、急に相手の言動が変わって裏切られた気になる。そして怒るわけです。
しかし、前に述べたように、それは勝手に失望して、勝手に怒っているにすぎません。しかも、無意識のうちに相手に「完璧さ」を求めているので、「相手の変化」が許せなくなるわけです。
相手にとっては成長や成熟、成功のために必要な変化なのですが、それに依存している側からすると「前はこういっていたのに……」と理解できません。
そして、離れていったり、「裏切られた!」「許せない!」とその人を攻撃したりするのです。
