「給食費を払ってるから」“いただきます”不要論に反響
「給食費を払っているんだから言わなくていい?」
価値観の違いに驚きの声
そもそも、「いただきます」をめぐって議論が起きていること自体に、驚く声が多く寄せられています。
- 「給食費を払っているんだから、わざわざ言わなくていいよね」ってことみたい。
- “廃止”ではなく“自由”にさせたい、ということ?
- お金を払う=飲食店と同じって感覚なのかな。
そのうえで、「“いただきます”は不要」という考え方に批判的な意見が目立ちます。
- “お金を払っているんだから、言わなくてもいい”って発想にはならないよ。
- スーパーで買った食材でも“いただきます”は言うけどな。
- 対価を払うこととは別問題だと思う。
- 子どもにそう教えるのは少し寂しい気がする。
全体としては「あいさつをなくす必要はないのでは」という反応が多く見受けられます。
「なくす意味が分からない」“当たり前の文化”という声も
また、「いただきます」は日本ではごく自然な習慣だという声もありました。
- 小さい頃から普通に言ってきたから、違和感しかない。
- マナーというより日本の文化に近い気がする。
- “おはよう”を言うのと同じレベルでは?
- 給食だけじゃなく、家庭でも当たり前の言葉だよね。
- わざわざなくす必要もないじゃん。
「いただきます」は“個人の自由”として扱うべきなのかどうか、議論が広がっているのかもしれません。
「感謝するって当たり前では?」食べ物や作る人への思いも
さらに、「いただきます」は単なる言葉ではなく、“感謝の心を表す文化”だという意見も多く見られました。
- 農家さんや調理員さんへの感謝も込められていると思う。
- “命をいただく”って、大事な意味が込められた言葉では。
- 「ありがたくいただきます」って気持ち大切だよ。
- 子どもに感謝を教えるきっかけになる言葉だと思う。
- 自然や命の恵みに感謝し、食べ物を粗末にしないということを表す、日本ならではの言葉。
- “言う・言わない”だけではなく、日本の文化や食育について考えるきっかけにもなっているようです。
学校給食での「いただきます」「ごちそうさま」をめぐる話題は、多くの人が子どもの頃から当たり前に触れてきた習慣だからこそ、大きな反響を呼んでいます。
「感謝は自然に伝えるべきもの」「子どもに教える大切な文化」など、さまざまな意見が飛び交っていますが、その根底には、“食べること”や“人への感謝”をどう伝えていくかという共通のテーマがあるのかもしれません。
何気なく使ってきた言葉だからこそ、改めてその意味を考える機会になっているようです。
