さて…とね。
ちょっと…閃きが降りてきたので綴ってみたいなと思っていることがあるのですが。
表題にもしました、
「自由とは自身の倫理観が問われるものであり、世界に対峙する姿勢を丸裸にされるものである」
というもの。
考えるきっかけになったのは、
ふとした時の雑談の中で、
とあるパチンコ企業のあり方について話を聞いたときでした。
その企業では、
アルバイトスタッフが事務所に出入りする時、
ノックの後、失礼します、という声のあとに、
自分の職位、フルネーム、早番なのか遅番なのかの勤務形態を大きな声で発声した後、
本日も一日、よろしくお願いいたします!
という挨拶をせねばならないそうです。
また、インカムでの報告用のセリフはすべて決まっており、
それ以外のイレギュラーなインカム報告については、
全部セリフが決まっており、
そういうセリフを言えなければ援軍も向かわない、という決まりだったそう。
んと…。
その話を一緒にその場で店長も聞いていらっしゃったのですが、
私は一言、たまらず、
『なるほど、律が強く働く構造ですね。』
と漏らし。
その一言にふと重ねるように、
『軍隊方式ね…』
と店長がおっしゃってました。
そのことがふと気にかかっていたんですね。
なんというか…。
軍隊方式って。
管理側は簡単だよね、と。
そんなことがあり。
その、軍隊方式は管理側は簡単だ、
と感じた理由を書いてみたくなったわけですね。
さて…。
軍隊方式、つまり、
自分の発言、報告連絡相談などの発言ですが、
それすらもセリフが一言一句決められていることにより、
インカムでのやり取りの際、
誰宛の報告なのか、だったり、
誰が動くべき対応なのか、が宛先がなくとも判断が付いたりという、
『記号』の役割をしています。
セリフが決まっているわけですから、
そのセリフのこの単語が発せられた場合、
役職者なのか一般社員の権限なのか、
動くべき人、受け取るべき人、そしてその権限を行使する人、
というのが思考停止で皆の共通認識として。
『記号』として認識できるわけです。
これは、便利かもしれませんね。
思考を停止させておけます。
あとはそうだな。
権限の逸脱がなくなりますが、
その代わり、誰しもが考え、最適は何かを考える力がなくなります。
そして、考える力を失った人たちは突発的なトラブルに弱い。
恐らく…大きなトラブルが起きた時であれ、
報告連絡相談のセリフまで決められ、
そして自分たちの権限以上のことはしない、
個を発揮しない、と叩き込まれてきたスタッフたちはフリーズするか、
困惑して何も動けなくなるか、でしょうね。
そんな時に指揮系統が一人しかおらず、
その指揮すら取れないほどのトラブル対応をしていたならば、
と考えるとゾッとします。
なので、恐らく指揮系統は2段階くらいは用意されているんでしょうけど…。
さて。
当然。
私はこの軍隊方式はまったく合いません。
なぜならば、自分が考える余地があり、
自由度の高い動きができ、
時にはもう事前に報告し許可、などまっとうな手順を踏む暇もなく、対応にあたりはじめ、
現状報告をしながらその場で対応していることの方が多いからです。
もちろん。
アルバイトという職位のころから、です。
あと、新人さんについているときも、
よく言えば少数精鋭ですのでね、
新人さんに伝えていたことの途中で呼び出しランプが2,3個重なる、なんてこともありますからW
伝えていたことをインカムで伝え続けつつ。
合間にどのランプにどういう順序で私が対応に回るか、
という順序も報告し、そこから他のスタッフは他の呼び出しランプに回ってもらう、
という事をしたりしています。
恐らく、自由に話すこともできないのでしょうから、
この時点で、私は軍隊方式からまったく外れる人間になるわけですね。
あと、軍隊方式を危険だな、と思う理由。
それは。
事務所に入るセリフも決まっており、
そしてインカムでの報告の仕方まで決まっており、
恐らく、担当島による動きも決められている事でしょう。
そうして監視しやすく、管理しやすい組織を構築していることにより。
管理する側は、そういう環境がなければ、管理職が務まらない事。
恐らく、管理の腕がそれ以上にはならないんですね。
なので、他のおなじ業種の違う企業に、
華やかな経歴を引っ提げ転職したとしても。
自身が、『仕事ができていた「つもり」だったのだ…』と思い知らされること。
恐らくそれは。
アルバイトスタッフや社員、役職者、店長。
すべての職位に及ぶでしょうね。
軍隊方式は、残念ですが。
管理のしやすさを突き詰めた結果、
皆の思考を止め、
『仕事ができている「つもり」』の人たちを量産し、
その、職位による環境がなければ仕事ができない、
その同じマニュアルがなければ仕事ができない、
おなじ業種であるのにも関わらず、という。
そういった人材しか育たないのでは…感じます。
妙な、自分の力ではない、偽物の達成感もあるでしょうしね。
(んまぁ…恐らくこんな軍隊方式はもうどのお店様もなさっていないのでは…とは思っていますが。)
さて。
それと反対は…。
反対というよりも、ではどんな環境であれば、
管理側も腕を試されるけれど、
自身の上限も上げられる、
軍隊方式とは違うやり方があるのでしょうか、と。
それこそ…恐らく、私の勤めているお店の環境でしょう。
私の勤めているお店は、できることを増やしたい、と願う人には、
ある程度…会社から責任を委ねられているものの一部を除いては、
かなり広い範囲でやる自由、学ぶ自由が用意されています。
もちろん、接客マニュアルもありますし、
最低限の、入退室のマナーもありますが、
基本的にはインカムでの報告連絡相談なども、自由度が高いです。
なので、私がどこどこのランプに回る、○○さんはこっちよろしく、
で新人の○○さん、さっきの話の続きを短くしますが、
それにはほにゃらら…という理由があって、そういう手順を踏んで行いますよ!
とかね。
そう、インカムで言いながら、お客様の下へ向かい、
丁寧にトラブルの対応を終えたのち、
インカムでの報連相をしながら、新人さんに続きを話したいからどこどこで待機してて、
といったインカムを飛ばす。
そういう自由度の高い動きが可能です。
なので、私がトラブル対応の初期を行いながら、
インカムでの現状報告をしつつ、
自分の動きを報告し、
その途中でのお呼び出しに応じたり、
完了報告を行ったり、インカムでの相談も行います。
さて、軍隊方式との違いですが。
思考力の違いです。
一人ひとりのスタッフの力量の差が開きやすくはありますが、
マニュアルにより、最低限の質を担保したうえでの自由度です。
管理者側は。
かなりの力量を試されます。
伸びる人をやっかむ人、足を引っ張り、悪評を流し、
自由である事を勘違いし、
職場に自身の好き嫌いを持ち込み、
自身の正義を会社の律よりも優先し、
好きな人だから指導する、この人は生理的に無理だから指導しない、など。
そういった…ことも起こります。
実際、そういった服務規程違反、
会社的にも重大視しかねないコンプライアンス違反も起きていますしね。
そういった。
軍隊方式で管理者として勤めてきた人では、
初体験でどうしたらいいかわからないような『管理』も…
降ってくるわけですね。
さぁて。
私は、
『自分の上限が世界の上限』という持論を持っています。
だからこそ、自分の、どんな側面の力であろうと、
上限を上げる努力を怠りませんし、
理不尽すら、楽しんでやろうじゃねぇか、と思っています。
持ち前の、思考力で。
そうして。
表題にもしたように。
『自由とは自身の倫理観が問われるもの』であるという事。
自由とは。
会社の律を重んじ、会社の看板を背負っている者として。
会社が望む対応として、
自身の今の対応はベストだっただろうか、と常に考え続けねばならない事。
自由をはき違え、
責任も律も己の物で間に合わせようとし、
自分のサル山と勘違いするような人の…
『世界に対峙する姿勢を丸裸にされるものである』、
のですね。
そういった環境では。
健全にその自由を扱う人にとっては、
発想の自由もあり、発言の自由もあり、
そして自身の発想、発案、発言を形にするという体験を得られる場でもある。
最高の場、なんですよ。
ええ、少なくとも私にとっては、
今の自由と律、自由と責任、
そして…
『自由とは自身の倫理観が問われるものであり、世界に対峙する姿勢を丸裸にされるものである』
という環境が心地よいわけです。
マヂ、感謝しかねぇ。
世界に対峙する姿勢を常に、私は問われています。
だからこそ自身を律し、磨き続けることができる。
めっちゃ楽しいですしね。
でも、一部の人たちは、
自由の扱い方を知らない。
適切に自由というありがたい環境を扱えない。
学生気分で、学校や先生、校則に文句だけいう癖に、
自分では学生という枠を出て、
先生の代わりに授業をやる、という度胸はない。
そう、私の勤めている環境では。
そんなことも可能、なわけです。
学生、と思われるくらいの経験値の少ない人が、
違う分野の事を無茶苦茶よく知っていて、
その知識を活かし、お客様の体験を一ミリでもよくするという目的のためにであれば、
先生の役割に似ている役職者たちに指南する、という事も可能なわけです。
どれほど、
私の勤めているお店をやめた後であっても、
潰しのきく能力を磨けている事でしょう、って…
私は思うんですよ。
んまぁ…ネ。
一定の条件下、強い軍隊方式の方が、
思考停止している人たちにとっては、
そのルールさえ一度習得してしまえば考えなくても良いし、
変に仕事した気になれる偽物の達成感も味わえますしね、
思考停止させたい人には持ってこい、の環境かもしれませんが。
私は…嫌だなぁ…。
常に、己の倫理観が問われ、
常に、己の世界に対峙する姿勢を丸裸にされる。
こんなありがてぇ環境、ありますかね。
おもしろくて仕方ねぇ。
ついてこれない人とかね…
自身の正義とか自身の倫理観を会社の目的よりも優先し、
自由を自分の都合のいいように使うという、
美しくない人たちも簡単にあぶりだせますしね。
それこそ、組織の中の癌、ではないでしょうか。
それが日々の仕事ぶりにより明らかにされる、
きっと…万人には怖くてたまらないだろう、
扱い方の難しい『自由』は、
もしかしたら、選び取りたい人にとっては、
喉から手が出るほど欲しい環境ではないでしょうか、ね。
稚拙な自身の正義の底の浅さとか、
身勝手な倫理観の押し付けとか、
そういった様々なものが周囲の人々から透けて見える、
泥沼のようなカオス、
これこそ…蓮の花が咲くにはふさわしい土壌なわけですよwww
私は少なくとも。
ドMなのでねwww
こういう泥沼が自分にとって栄養価が高いことも知っていますし。
改めて軍隊方式の企業様のお話を聞けて、
閃きが降りてきて、
私の環境って、
マヂで貴重でありがたい場だったんだなぁ……。
なんて。
つくづく思ったよ♪
というお話でございました♪