さてと。

私は絶望は悪い事ではない、という話を数日前に綴っていました。

そう、絶望は悪い事ではない。

 

私の中で【絶望】という意味が変わった気がしたことがありました。

 

さて、ここで【絶望】の語句の意味を…

「希望を全く失うこと。望みが絶えること。」

とのことです。

 

希望をまったく失い。

望みが絶える事。

 

私は他者の正義と自分の正義が重なると信じて、

黙々と自分であり続けてきたように思います。

 

私はそれに絶望した、んです。

そんな希望はかなわない。

そんな望みが叶う日は来ない。

 

私からしたら、自分を苦しめる無意識からのそれを断ち切った、

という意味で、

この【絶望は悪い事ではない】と綴っています。

 

そう…。

希望や望みが前提にあるんですね。

絶望する前って。

希望も望みもなければ、

絶望もしないんです。

 

で…。

私は考えました。

私の希望や望みが自分を苦しめていないか、

自身の守備範囲を超えて抱えすぎていることはないか。

 

私には長所か短所かまだ判断が付きませんが、

周りをよく見て、状況を把握し、コッソリ…

「ここ今あぶねぇな~」って思うところを埋める、

という動きを良くします。

あわよくば誰にもバレませんように、と思いながらやります。

 

というのも…。

それをうっかり人に見られたときに、

「いい子ちゃんぶって」とか。

「優等生で付き合いづらい」とか。

「アピール必死か」とか。

「嘘くさい」だとか。

散々。

さんっざん言われてきたんです。

 

私にとっては、それが私がやるべきこと、

気づいたからやっただけにしてもです。

 

もう、うんざりしましてね…。

理解されることがないのか…と。

お、これも絶望に入るかな?

 

だから、誰にもバレませんように、と願いながら…

様々な誰も気づかないところをコソコソとやる、という事をします。

評価が必要ない、というのはそういうところもあるし。

どっかで綴りましたが…

私が立っている舞台は、

「審査員の方が経験の浅いM-1」です。

そんな方々に私の働きが見えるわけがない。

 

あ、そこも絶望に入るかな。

私は自分のことを怪物になりかけ、と称していますが…

元々、怪物は人に理解されない物ですしね。

そういう意味で私は怪物になりかけ、なんだと思います。

 

そうして、自身が勝手にこれを自分がやるべきだ、

なぜなら気づいているのは私しかいないから。

という事を抱えすぎていないか、という事を思ったんです。

 

人って黙々と縁の下の力持ちをしていられるほど…

強くできてない気がするんです。

そりゃ時には気づいてもらって、

「ありがとう!」って言ってもらいてぇもんでさぁね。

その上で胡坐を掻いている人たちは、

縁の下の存在なんて当たり前で気にも留めない。

普段、見えないから。

今、私が住んでいる家の土台を意識したことなんてあまりありませんしね…。

何なら正月初売りで買った最新家電やら、

スペック高いゲーミングPCのほうがチヤホヤされる。

うおー!やっと念願のヤツ買えたぁ~!

なんてリビングで喜びの舞を踊っている、

その床を支えているものなんて気にも留めやしないでしょう?

オマエが強固だから俺はこうやって喜びの舞を踊れる、

ありがとう!床!ありがとう!強固な土台!

なんて思う人は少ないでしょう。

(私は思う人です…ええ、変わり者です、ハイ。)

 

で…。

普段、床とか土台な私はですよ…。

そだな、たぶん土台ではないにしても、

今の時期には有難い床暖房とかじゃないかな、私w

で。

「今…上で胡坐かいてるあなた方…」

「私が今ここでふっと消えたら…」

「胡坐を掻くこともかなわなくなりますよ…?」

って思うんすw

コンクリート丸出しですw

冷たいぜぇ~(*´艸`*)💖✨

 

で…。

 

自分がこれからの残された短い健康寿命の中で、

もっと自分がどんぶり勘定ではなく、

選び取りたいものは何か、

選び取れるものは何か、

精査していかねばならないと感じた時。

 

床暖房の役割、

ちょっと削ろう、って思ったんです。

 

床暖房って、床に接している人すべてを暖めますよね。

でも、人がいない時、

床暖房切り忘れてたらずーっと暖める人はいないのに電力を消費しながら…

ずーっと暖めてる。

自分が提供されることを目的として作られた対象がいないのに、

ずーっと暖めてる。

 

それ、やめよう、と思ったんです。

床暖房が暖めるべき対象を自発的に決めるんですw

節電ですw

 

私は自分の周りで縁があった人にだけでも、

何か感じ取ってもらえるヤツでありたい、

そう思ってきました。

いわば、ずっと電源の入りっぱなしの床暖房です。

でも…それも受け取る側が受け取る気もなければ、

見える目もないのなら、

私はずっと暖めるべき対象がいない床暖房です。

 

なので…そうか…と。

私はそういうところに絶望できたことで、

もっと床暖房をありがたがってくれる無邪気な子供とか。

それこそ…大事な赤ちゃんがいて、その子が寝返りをうったり、

ハイハイして回って。

疲れてそのまま床でウトウトし始めちゃう。

そんな姿を見ながら。

「ありがとう床暖…おかげでこんなにやんちゃでもこの子は寒くない…」なんて思ってくれる人に、

自分の床暖房機能を届けたらいいんじゃない?

って思い始めたんです。

 

だいぶ楽になりました。

 

私の絶望はある意味希望に変わったとも言えます。

自身を注力すべき対象をもっと絞る。

もちろん、日々の自分のあり方は変えませんし、

自身がやるべきと思ったことをコッソリとでもやり続けることは変えません。

それは自分ではなくなることに等しいので。

それでも、

受け取る気がない人にまで…

床暖房なんて必要ない、と思っている人にまで、

届ける必要がないかな、と。

 

もしかしたら、この先の人生が豊かになるヒントがそこにあったかもしれないけれど、

あなたは今受け取れなかった。

 

それでいいんじゃないかなって。

人は各々、気づくべき時というのは、

気づくべきことであるならば必ず壁のように立ちふさがりやってきます。

 

私が壁だと思っていたのは。

扉だった。

開けられた。

新世界いらっしゃい♪

 

誰が壁だっていったんだよぉ~!!!

登らなきゃって必死になってたよぉ~!!!

こんなとこに鍵穴あったんかーいwww

鍵…そういや…前にもらってた気がするなぁ…

「気楽に、気楽に」。

これかぁあああああ!!!!!

みたいなwww

 

そう、絶望って、新たな希望にもなる。

そんなことを正月の初売りの中、

頭の片隅でずーっと考えてましてね。

 

で、正月休み明けの月曜日は無事に起床して早番出勤。

次の日の火曜日。

ワタクシは遅番勤務、寝れるだけガッツリ寝てやろうとアラームオフw

私が起きた時の騒音がなかったことにより、パパ寝坊www

そうだな…騒音、書いてみますかwww

 

「うぉぉおおおお!!!!」

「んぉおおおおおお!!!!!」

「おはよう世界、タイヨロ世界ッ!!!」

「あ~たぁ~らっし~ぃ~あぁ~さがきたッ♪」

「きぃ~ぼぉ~おのぉ~あぁ~さぁ~がっ♪」

「トイレかわってぇええええ!!!!」

「ママもう漏れるよぉおおお~!!!」

「てかここでやるぞ、やっていいのか?!やるぞ!やってやんぞ?!!!」

※一部抜粋w日々若干の内容変更あり〼w※

(よく耐えてるよねwそるじゃぁ家メンバーwww)

 

で。

パパ寝坊の時。

ワタクシはと言えばぎっくり背中整え中w

遅番勤務だったのをいいことに寝れるだけ寝てやろうと思ったのもそのため。

まっぢで息が止まった…

ぎっくり腰ならわかるけどぎっくり背中ってまぢで、

まっぢで…(꒪꒫꒪)パァ

もう、何やっても肩甲骨とその周辺の背骨の位置がわかるくらい痛むんですよ、

もうねぇ…やったことある人いねぇかなぁああ~…

まっぢでいてぇ。

油断して普段通り動くと息が止まる。

なので、寝坊パパを起こし。

もう自分も起きてしまったので…

どこまでが自分の体が動かせるのか、

何をしたら息が止まるほどの痛みが出るのかのチェックをして、

フィジカルコンディションを整えたわけですけれどもwww

(これ持論ですが…)

(ぎっくり腰やらぎっくり背中は)

(動かねぇと治らねぇ。)

(痛みは感じても表に出さない。)

(そして普段通り動きまくる。)

(そうすると治りが早い。)

(痛むときの予測ができるようになるので表情の前準備もできますしねw)

 

で、おかげさまでぎっくり背中は今は完治に近い。

よくぞ入替作業日前に整えたわぁ~アタシ♪

 

というwww

入替作業日な遅番勤務のYOSOJI。

本日も二度寝チャレンジからの元気に出勤なのであります/)`・ω・´)ビシッ!!!