店長がヨーロッパから戻った日、
私はオオヤ君の異変にすぐ、気が付いた。
挙動不審。
あのイキイキした様子はどこへやら。
私と目を合わせない、
店長に話しかけられると視線を彷徨わせて、言い訳めいた口調で何か喋っている
が
小声で早口で聞き取れない
…
けれど
ランチタイムが始まって、すぐにその謎は解けた。
原因は、店長だった。
厨房から皿が出てくる一番邪魔な場所に立ち、
(と言ってデシャップを務めるわけでもなく)
「何やってんだ」
「これはアソコだろ?」
「水がないのが見えないか。どこのテーブルだ?判らないのか?目がおかしいのか?」
ひっきりなしに、私とオオヤ君の動きにダメを繰り出してくる。
そして
その決して狭くはない店内で、みずからは一歩も動こうとしない。
カウンターに肘をつき、
アイスコーヒーを舐めている。
カウンター越しに、厨房へ気安く声をかける。
ランチタイムにこれをされて喜ぶ調理人はいない。
が
この初老の男の病理に気付いているのか、
何気なく、うまくかわしている。
カウンターのこちら側では
昨日までの
流れるような、
雑音のない世界、
二人でつむぎあった呼吸は
瞬く間に失われた。
10日におよぶやり取りのうえ手に入れた(と感じていた)彼との連携を失ったこと、
昨日までのすばらしい仕事が、ふいに現れた雑音によってかき乱されること、
指導ではなく、思いつきとしか取れない悪口(あっこう)で注意を受けること、
何よりつらいのは、
内向的なオオヤ君への
一方的な
「罵り」
を
傍で、黙って聞いていなければならないことだった。
「この人はダメですよ。
一生、結婚なんかできるわけありません」
と
魅力的な声、
魅力的な笑顔で
心から嬉しそうに呟く、初老の男。
これがじぶんのことなら
黙って辞めるだけで済んだのかもしれない。
けれど
不思議なことに、
ひとは
他人のためだからこそ、力や、怒りが湧き上がることがある。
オオヤ君はもともと、こんな人じゃなかったのかもしれない、
この男から長きにわたって卑屈さを植えつけられたに違いない、
この
老い先長くないはずの、見かけとは裏腹に下品な精神構造をもった男に
若々しさや
瑞々しさ、
素直な伸びしろを、食い物にされているんだ。
さらに10日も経つと、その考えは確信に変化した。
この喫茶室は、通りに面した一階にあり
地下にはビル全体のテナントを総括する事務所があって
ビルのオーナーである「社長」が毎日、そこに詰めていた。
社長は背の低い、温厚な五十がらみのおじさんで、
「働き者」という印象だ。
時には喫茶室を覗いて、スタッフに声を掛けてくれることがあった。
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年齢を重ねるというのはおそろしいことだ。
今更成長するわけがない
目下の人間が言う話に耳を傾けるわけがない
そう思われてしまう。
「変化を恐れない年寄り」は、概してアクティブだ。
滅多にお目にかかれない。
それだけで尊敬の対象だ。
ましてや人から「任されている」場所を
じぶんの小さな城とし、君臨し
労を惜しみ
若者を虐めて
残る毎日を潰している老人に、
だれが正面から向き合ってくれるだろう?
この人には、意見してもダメだろう。
ヒステリーを起こすか
冷笑にふすか、それは分からない
が、
間違いなく、目の前の問題を摩り替えるか、排除しようとするだろう。
そうなると当然の成り行きとして、
私は
社長に談判するという考えに行き着いた。