イケオジがデイサービスする部屋に行きたがるんだよね。
施錠しちゃうから夜は行けないんだけど、明るくても暗くても昼夜認識できなくて、ごっちゃになっちゃってるから、「なんで行けないか!」って時には怒鳴られる。
そしたらこの間は、「誰かがもう開けていいって言ってたよ。」って架空の誰かが出てきてしまった…。
なんか、うぉ…まじかぁ…って感じ…。
向こうに行きたい行きたいって自分の脳の囁きが、架空の誰かを作り上げてしまったのか。
それとも幻聴か何かが聞こえるんだろうか。
取り敢えずその誰かの存在を認め、でも夜なんだよなぁ…と呟いてみたら、「なんだ!夜なのか!」とあっさり、納得していた。
「もう開けていいって言ったのは誰だろうなあ??」とまた誰かの話をしていた。
失敗を認めたくないのか、本当にそう聞こえたのか…。
保育では間違いは受容してからあるべき道へと導くという感じだったけど、人格形成済の高齢期の人間には、どうアプローチするべきなのか悩む。
孫みたいな年齢の小娘に指摘されたときたら、きっと黙ってはいられないはず。
私がどんな言い方をしても癇癪を起こしていたと思う。
少なくともその時の私には、誰もいないよ?と伝えるための術は、何も浮かばなかった。
ほぉ~ん。なんで開けていいって言ったんやろうねぇ…?とまた呟いて終わった。
死期が近い人間に今更正しさなど要らないのではないか?とか、そんな事よりも自分の威厳やプライドが保たれていた方が精神衛生的には良いのでは?とか、こうやって1個1個目をつぶるから認知症に拍車がかかるのでは?とか色々考える。
何でも1番になりたくて、何でそんなに1番に拘るのか前に聞いたら、昔からそういう性分なんだって言ってた。
自分と闘っているのだそう。
プライドが高くて、他人の1つのミスも許さない。
それは転じて、自分のミスも許されないということなのだろう。
高度経済成長期を支えた漢って感じだ。
もう休んでいいんだよって感じ。
何かが以前と違うけど、その何かが分からなくて、苦しくて何に苦しんでるかも分からなくなって、自分や周囲への怒りや不満→諦め→受容
また認知症が進んで、次の何かが脳みそからすこーんと落っこちて、怒り→諦め→受容を繰り返している感じ。
心理状況が一進一退しているようにとれる。
そうしているうちに、最終的には受容へと落ち着くのだろうけど、「これは俺の部屋か?」と言う姿も見られたから、また新たな怒りや不満が生まれそうだね。。
俺の部屋な分けない!帰る!
とかね…
どこに帰るんやろうなぁ…
認知症の勉強したいな。