『    君と僕     ~勇気~    』


近所の駅前にある、お洒落で小さなカフェ。 

今僕はその店で、テーブルに置いてある1杯のコーヒーから立つ湯気を眺めながら君がやって来るのを待っている。 

君と僕は友達。 

数日前に君が、悩みがあるから聞いてほしいと僕に言ってきた。 

どうやら、新しい目標へチャレンジしたいのだがあと1歩踏み出す勇気が出なくて悩んでいるらしい。 

僕は了承し、このカフェで待ち合わせることになったのだ。 



時計に目をやると、待ち合わせの時間から10分が経過していた。 

テーブルに目を戻し、甘党の僕は2本のスティックシュガーと1個のポーションミルクをカップに注ぎマドラーでかき混ぜた。 

「フー」と息を吹きかけ軽く冷まし、カップに口をつけようとした瞬間、君がやって来た。 

「ごめーん、遅れちゃった。」 

君は軽く舌を出し、はにかんだ。 

特に待たされた苛立ちも起きず僕は笑顔で返し、カップに口をつけずにコーヒーをテーブルに戻した。 

君は僕の向かいのイスに座るなり 

「カフェモカとハニートースト下さい」 

と慣れた様子で店員に注文すると、すぐさま本題に入った。 

「私ね本当に色々と悩んだの。 
それで最終的にはすべてを悟ったわ。 

 [答えを探せばキリがない] 

 [リスクを犯せば先がない] 

これね、私が悩みぬいて出した人生の教訓!」 

いきなり結論からきた。 
起・承・転、すべてを飛ばしてきた。 

よほど参ってるみたいだ。 


僕は君に話し始めた。 

「まず、最初に言っておくね。 
一歩を踏み出せず悩んでいるんだよね。
今君が、踏み出す為の「勇気を出したい」と思っているのなら 
勇気を出す方法なんて1つしか無いんだ。 
僕が君に言えるのはこれだけ。 

勇気を出せ! 

1歩を踏み出せ!」 



「・・・・それって・・答えになってない…。」 

君は眉を細めて言った。 






「そのままの意味だよ。 
勇気を出して1歩を踏み出せばいいんだ。 

人は皆、人生というこの長く険しい旅路で光を探し求めながら歩んでいる。 

そして今君は、先が見えず怖くて前へ進めない状況でどうすればいいか悩んでいる時なんだ。 
  
でも人生には勇気を出さなくちゃいけない時が・・」 

「ちょっと待って!」 
  
なんとなく格言めいたことを言えてるかのような自分に酔っている僕の鼻っ柱をへし折るように、君が話を割って入ってきた。 
  

「確かに今の私は、ダメだった場合のことやリスクを考えて不安や恐怖で先に進めないでいるわ。 

でもね、そんなに悪いことでもないと思うの。 

私が今、迷って悩んでる間、勇気を出せず行動に起こせない間…
つまり立ち止まっている間はね、確かに前進はしていないけれど後退もしていないのよ。 
  
とりあえずは失ってるものは何も無いわ。 
リスクを無視して前進することだけがすべてじゃないと思うの。 
  
後先考えずに無理して進んでも、失敗すれば今より後退してしまうことだってあるんだから。 

だからとりあえず現状維持のまま、先へ進める道をじっくり探してると思えば 今の立ち止まっている状況も無駄ではないと思うの。 

だからね、私は今の自分に対して決して卑屈なわけじゃないの。 

ただ、それよりも問題なのは、いくら答えを探しても納得のいく道が見つからなくてキリがないから、なかなか前へ進めないこと・・。」 

「なるほど…。 
それでさっき君が言ってた 

[答えを探せばキリがない] 

[リスクを犯せば先がない] 

になるわけか。 

確かにそれもあるよね。

でもね、それについてはこうも考えられないかい? 

君が立ち止まっている間にも、時間は確実に流れ続けているんだ。 
君はさっき失ってるものは何もないって言ってたけど、
立ち止まってる間に、時間やチャンスややる気もひょっとしたら失っているのかもしれない。
それらを逃したことに後から気づく場合もあるってこと。 

それって現状維持なのかな? 
それはもしかしたら後退ともとれないだろうか? 

人は皆、人生という限られた時間の中でそれぞれの「光」を追い求め生きている。 

夢、希望、目標、願い、恋、成功、チャンス、という名の様々な「光」は 、時代や環境が移り変わると共に常に変化するもの。 


不変では無い「時の流れ」と「人の想い」 


君の探す光は、明日も明後日もいつまでも今と同じなのかな? 
これからもずっとその場所にあり続けるのかな?」 




「私だって勇気が出るなら出したいわよ。でもどうしても出ないの。 
やっぱり先のことやリスクを考えると恐くて不安で…。 
この恐怖やリスクさえ無くなれば私だって勇気が出るんだけど…」 


「うーん…、君は「勇気」の定義を間違えてないかい? 

そもそもがね、勇気を出すための条件に、リスクや恐怖などの不安要素をすべて排除してから、という考えがすべての足止めの原因なんだ。 

リスク、不安、恐怖…それらの壁に立ち向かうからこそ
「勇気」
じゃないか。 

だって、壁が排除された目標なんて、
もうそこに向かうための勇気なんか必要ないんだから。 
  
つまり、今君が勇気を出したいと思っているのなら 
その時点で不安要素すべてを肯定しなきゃ、立ち向かわなきゃ。 
  

「勇気を出す時」の定義、又はタイミングはね 
「不安要素が無くなったら」だとか「いつか勇気が出るまで」だとか 
、そんな何かのキッカケを待っていたらずっとチャンスは来ない。 

じゃぁ、一体いつが「勇気を出す時」なのか。それはね、 
 

「勇気を出したい」と思った時がもうすでに「勇気を出す時」なんだ。 

そう、今の君だよ。 
  

勇気が出ない?…違うよ。 
勇気は出るまで待つものじゃない。勇気は自ら絞り出すものなんだ。 
  
だから 
勇気を出せ!1歩を踏み出せ! 

すべてはそこから始ま・・」 
  

「すいません、失礼いたします」 

また、僕が気持ちよくなって饒舌になってきた矢先、
今度は店員が話を割って入ってきた。 

「お待たせしました。カフェモカとハニートーストでございます」 

甘党の僕にはたまらない組み合わせがテーブルに置かれた。 
バターとハチミツの甘い香りが漂う。 

「とりあえず温かいうちに食べな。」 

「・・うん、ありがと・・。あ、食べながら聞くから続きを聞かせて。あと少し背中を押してくれれば勇気が出そうな気がするの」 

僕はうなずいて話を続けた。 

「その前に君が導き出した人生の教訓。 

[答えを探せばキリがない] 

[リスクを犯せば先がない] 

これを、まずこう変えてみることから始めようよ。 

[怖さで止まれば意味がない] 

[信じて進めば怖くない]  

ってね。

竹田っていう人が書いている本に、こんな一節があるんだ。

[ 暗い森の中の小さな巣穴で暮らしてた小鳥は、ある日、光を求めて勇気を出し危険な森へと飛び出した。 
地を蹴り翼を広げ大空へと羽ばたいた小鳥は、やがて森を抜け 
陽の光、青い空、白い雲、広い海を知った。]

 
今君の目に映る景色だけがすべてじゃない。

今いる場所が暗い影で覆われているのならば、その壁の向こう側に行けば必ず光が差しているってこと。
影があるのは光がある証拠さ。

勇気を出せ! 

1歩を踏み出せ! 

君が動けば景色も変わる。 

どうせ答えが出ないで悩んでるんだったら、その新しい景色の場所まで進んでみてまた悩めばいい。 
もしかしたらその場所で別の光が見つかるかもしれないしさ。 

それでもそこが真っ暗闇だったら 
その時はまたおいで。いつでも話聞くからさ」 


「ありがとう…。 
何だか本当に勇気が出てきた気がするわ。」 

君の顔が和らいだ。 

それを見て僕は、堅苦しい話はもう必要ないと思い話を変えた。 

「君も甘いもの大好きなんだね。どうだい。味は?」 

君は笑顔で答えた。 

「ここのハニートースト本当においしいわ。幸せ。」 

君の食べる姿を、僕はしばらく黙って見守った。 
君はすごくおいしそうにものを食べる。 
それを見ているだけで僕も何だか幸せな気分になっていた。 

黙々とトーストをほおばる君と、それを見守る僕の間に幸せな沈黙が続いていると、突然外から「ザー」という音が聞こえてきた。 

窓に目をやると激しい雨が降ってきた。 

「えっ、ウソ!雨!?さっきまで降ってなかったのに…
私傘持ってきてないわ、どうしよう…」 

僕は慌てなかった。 

「僕は家が近いから、これ君が使っていいよ」 

天気予報で雨が降ることを確認していた僕は、カバンから折り畳み傘を取り出し君に渡した。 

「そんな…いくら家が近くても、この強い雨じゃ…」 

「僕は大丈夫だから」 

「…でも」 

「いいから。使って。」 

「……うん、じゃぁ…ありがと!」 

僕はこの時、”ある返答”を期待していたのかもしれない。 




しばらくの沈黙の後、君が口を開いた。 

「あのね…、実を言うと、今回相談した悩みって…
恋のことなの!」 

僕はドキッとした。 

君の求めている光はてっきり 
「仕事」や「将来」や「夢」についてのことだとばかり思っていた。 

「最近好きな人ができたんだけど、実はその人は前からの友達なんだ…。 
結果が恐いのと、今の関係が壊れるかもしれないと思うとどうしても想いを伝える勇気が出なかったの…。」 

前からの友達……、もしかして…。 

「はい、あーん。」 

君は不意に僕の口元に最後の一口のハニートーストを差し出した。 

君の予想外の行動に僕は戸惑った。 

これってひょっとして…

紅潮する顔、高鳴る胸の鼓動。 

恥じらいながらも僕はそのハニートーストを食べた。 

口の中いっぱいに広がるハチミツの甘い香り。 

「今までずっと伝えられなかった想い…、でも、今なら言える気がするわ。勇気を出せる気がする!」 

僕は心の準備をした。 

僕はこの時、”ある展開”を期待していたのかもしれない。 


すると、僕が食べ終えたのを確認すると君は急に席を立った。 

「ホントに今日はありがとね!
やっぱり相談してよかったわ。
あ!それと、ごちそうさま。おいしかった!
傘は今度ちゃんと返すから、またね!」 

そう言って君は笑顔で先に店を出て行ってしまった。 




・・・あれ・・




僕は、1度も振り返ることの無い君の帰る後ろ姿を何とか作り笑顔で見送ったが、その時間違いなく顔が引きつっていたことは確かだった。 





……どれくらいの時が経っただろう。 
君が帰ってしばらくの間、僕はカフェのテーブルでひとり放心していた。 
その状態から現実の世界に戻すように携帯電話のメール着信音が鳴った。 

君からだった。 

その内容は、
君は店を出た後、その足ですぐさま前から想いを寄せる友人宅へ行き告白。 
そしてなんと見事恋が実ったとのこと。 
その報告と感謝のメールだった。 






実は僕にだって探し求めている「光」はあった。 

それは偶然にも今回の君と同じ「恋」という光。 

僕が今までずっと心に閉まっていた想い… 


僕は君が好き。 



これまでの長い友達期間、
気持ちを伝えるチャンスはいくらでもあった。
僕が1歩を踏み出しさえしていれば何かが変わっていたのかもしれない…。

僕の光、すなわち「君」は、 
僕が勇気を出せず迷っているうちに、今日突然遠くへ行ってしまった。

不変では無い「時の流れ」と「人の想い」 

僕の探す光は、今はもうその場所には無かった。

もう手の届かない場所へと逃げてしまった。

勇気について、君にはあんなに偉そうなことを言っていた僕なのに
結局自分自身も勇気を出せなかったんだ……最後まで。 



傘を貸す時に、僕が期待していた”ある返答”…… 

「僕は大丈夫だから。この傘君が使いな」 

「家が近いんだよね?じゃぁ、その家まで一緒にこの傘で帰ろうよ。
その後にまた傘借して!そうすれば2人とも濡れないしね。
いいでしょ、相合傘っ!」 


ハニートーストを食べた時に、僕が期待していた”ある展開”……

「今なら言える気がするわ。勇気を出せる気がする! 」

僕は心の準備をした。
 
「実はね、私がその想いを伝えたい友人はね……目の前にいるの!」 

「実は僕も前から君のことが…」 




僕の一方的な期待と妄想と思い込み、そして一方的な失恋。 

相手に自分の想いが伝わってすらいない段階で迎えた恋の終焉。

なんとも惨めで情けない散り様だった。 



僕は、冷めきって甘酸っぱくなったコーヒーを一気に飲み干し君の会計分も支払って店を出た。 

なんともやりきれない焦燥感と冷たい雨に激しく打たれながら、どしゃ降りの中を僕はゆっくりと歩いて帰った。
この雨が、今の気持ちも、この涙も 
すべて洗い流してくれるような気がしたから…。 



君に奢ったハニートーストとカフェモカ代980円 

ずぶ濡れになった洋服のクリーニング代2000円  

しめて2980円 

「勇気」について学んだ費用だと思えばいい。 

安い授業料だ。 



…数日後、今から傘を返しにくると君から連絡があった。 
あの日以来ぶりに、君に会わなければいけない。
どんな顔で会えばいいのだろう。 
その時僕は笑顔で君に「おめでとう」が言えるのだろうか。 



あの日、僕ではない他の誰かと結ばれた君。 

あの日、カフェに笑顔で遅刻してきた君。 

あの日、本当に一人で僕の傘を使って店を出ていった君。 

あの日、帰り際サイフを出そうとすらしなかった君。

あの日、帰り際1度も振り返ることなく立ち去った君。


客観的な目線で、あの日の君の行動を羅列するだけで
なんて僕が滑稽に映ることだろう。 

それでもなお僕の想いは変わらない。 
君を忘れられない。 
君を諦めきれない。 
次の恋へ進めない。

もしかしたら僕は、 
これから君を忘れる「勇気」を出さなきゃいけないのかもしれない。 



あの日に飲んだコーヒーのような甘酸っぱい僕の恋の行方は、 


あの日に食べたハニートーストのように甘い恋を夢見てた僕の心を 


あの日に降った激しい雨のようにずぶ濡れにして、 


最後は、僕の一方的な失恋というかたちで幕を閉じたのだった。




-   2007.04.20   -  旧ブログ「タケ帳」より