願い事 80 ヨーカドーのハトに乗って飛びたい!

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「・・・・・・。」
心地良いまどろみから瞬間的に深い眠りについた俺。
泥のように、と言った表現がぴったりだったに違いない。
さぁこれから俺は最上の眠りを貪るんだ・・・・。
と、その時・・・・。

「雅樹!雅樹起きろって!」
けたたましい声が俺を眠りから引き戻す。
俺はたった今眠りに落ちたばかりだというのに・・・。

それにしても雅樹?呼びつけかよ?
それに奈々の声じゃない・・・。
俺は奈々の姉のマンションでビールを飲んで寝入ってしまったのではなかったのか?

眠りを妨げられた恨めしさと訝しさに瞼をゆっくり開ける。
「雅樹!早く起きないとやばいよ?」

「・・・・・。」
目を開いた俺はその眼下に机に突っ伏した状態から面倒くさそうに起き上がる自分自身を見た。

「俺、寝ちゃってたのか・・・。」
俺が起き上がりそう言う・・・。

「雅樹、早く起きないとまずいよ?」
「雅樹って呼びつけにするなよ。」
俺が不機嫌そうに言っている。

「雅樹は雅樹だろ?それに起こしてやったんだから感謝してもらわないとね。」
「それはそうだけど、もうちょっと優しい起こし方ができないのかよ?」
眼下の俺が声の主にそう言う。

どうやら俺は俯瞰的に俺自身の夢を見ているらしい。
しかも内容としては奈々の京子ちゃんの夢と同様、過去の再現だ。
しかし・・・俺の再現は奈々の場合とは違いかなり昔のものだな。

俺の夢はどう言うわけか主観的でなく俯瞰的、客観的な事が多い・・・。
まるで映画を見ているかのようだ・・・。

映画は大好きだから嫌ではないんだけど、夢くらい観客的ではなく、主役として主体的に出演したいよな。

少年時代の俺は洋画に夢中になっていた。

バック・トゥ・ザ・フューチャー、スペースキャンプ、プラトーン・ポリスアカデミー、バタリアン、コマンドー、シルバークイック、ベストキッド・・・・
ジャンルを問わずに夢中なった。

当時俺が通った映画館は洋画2本立てでの上映がほとんどだった。
しかも今と違って、一回観終わってからそのまま席に居続けて2回目の上映を観る!

なんてことが出来たから2本立て2回連続で観て外に出たら真っ暗!なんてこともよくあった。

バック・トゥ・ザ・フューチャー何かはビデオ化されるとすぐにダビングして100回は観たな。

将来は絶対映画関係の仕事に就くんだ!なんて夢見ていた・・・。
映画を見るような感じの夢を見るのは少年時代の映画好きが影響しているのかな?そんな回想が終わると再びストーリーが進む。

まぁ起こしてくれたのは助かったよ。ありがとう。」
言い終わるか否かの内に、寝ぼけ眼の俺の胸のポケットから急に手帳を抜き取り走り出す声の主。

「何すんだ。返せよ!」
俺は声の主を追いかける。
「待てよ!」

声の主は階段を駆け上り小さな窓がある踊り場まで来ると立ち止まり手帳を軽く投げ返してきた。

「おっと。何すんだよお前は!」
「寝ぼけてボーっとしてるからだよ?それよりあれ!」
そういうと窓の外を指さす。

「あれって?」
「雅樹さ、この間夢を書けって言ったじゃん?」
「ああ、言ったよ。だけどおまえ、『夢なんてないよ』ってバカにして書かなかったじゃん。」
俺はさして興味もないように言う。

「あったよ夢。あれ!」
「なんだよ?」
「窓の外のあれだよ!」
目を凝らして外を見る俺。
「雲か?なんだそりゃ?」
「違うよもっと手前!」

「電柱?電線?・・電線って・・なんだおまえ電線マンになるのが夢って、結構古いこと知ってんな!」

「電線マンって?なんだそりゃ?アパッチけんなんて知らないよ?」

「って良く知ってんじゃん!あと清水アキラとアゴ&キンゾーな!電線軍団!」

「あのさー雅樹?誰が電線マンになること夢見るの?バカじゃない?」
あきれた顔で言う。

「あれよあれ!」
小窓の向こうを指し示す。

「ヨーカドー?の看板?」
「そう!」

指が指示していたのはヨーカドーと言う大手小売店の看板。オレンジ色のハトのマークだった。

「看板になりたいなんてお前の方がバカじゃん?」
「ダ・カ・ラ!そうじゃなくて~。」
「だからなんだっての!」

「優子の夢は、ヨーカドーのハトに乗って空を飛びたい!ってこと!」

窓の外を見ながらそう言い終わると俺の方に顔を向け最高の笑顔を見せる。
鼻筋の通った端正な顔立ちが笑顔ではじける。褐色の肌に豊かな唇が蠱惑にうごめき、美しい黒髪が揺れる。四肢もまた弾けそうにみずみずしく伸びやかだ。

「って・・・・俺が言った夢ってのはそう言うんじゃかったんだけどさ、でもいいね!おまえのそういうセンス、俺はすごく好きだ。ちょっと感動したは。」

「だろ~優子はセンス良いからね!」
そう言いながら鼻の上をチョンと指ではじく!

「でもさ、雅樹はさ、優子のセンスじゃなくて優子の事が好きなんだろ?」
自信満々に言う。

「は?俺が?誰がそんなぺったんこな胸の女好きになるかよ?」
「は?どこがぺったんこな胸だよ!んなこと言うの雅樹だけだ!みんなおっきいね~って言ってんは!」
そう言うと殊更胸を強調してみせる。

「ってか雅樹変態!優子のどこ見てんの?」
「ってかちっさ過ぎて見えねーは!」

「むかつく~・・・。お~っと危ない危ない。優子はもうその手には乗らないよ。ハイハイ、雅樹は無理しちゃって・・・。雅樹は絶対優子に指一本触れないよ。それはわかってるよ。」

確信的に言うその瞳には怜悧な光が宿る。その瞳に優子の潜在的な知性の高さを浮き上がらせていた。

「だけど雅樹?自分の感情押し殺して相手の事ばっか考えてて楽しい?本当に雅樹はそれで良いの?誰に何を言われようとも優子みたく自由に生きる道だってあるんだよ?」
「なんだよそれ?」
俺はつっけんどんに言い返す。

「雅樹もさ、優子と一緒にハトに乗って飛ぼう!」
「あほか!」
素っ気なく言う。

「じゃあわかったよ!雅樹?」
「だから呼びつけにすんなって!」
不機嫌を装いそう言う俺。

「雅樹は雅樹だよ!優子はこれから何がどうなっても雅樹は雅樹だから!」
「なんだそりゃ?」

「いいから最後まで聞いてよ!どうせ、そう長くは一緒にここにはいられないし、それは雅樹も優子も望んでることでもあるけど・・・。そのあとはもう一生二度と会うこともないと思う。」
強気な優子の声のトーンが少しだけ、ほんの少しだけ下がるがそれを感じ取れるのは俺だけだろう。

「だから、この前話したあのログハウスの喫茶店でさ、20年経ったら・・・20年後の今日、優子と会うんだよ!わかった?これは優子の命令!」
ピッと人差し指を立ててそう言いながらその指を俺の鼻先に向ける。

「アイビーって店だろ?あんなちっちゃな店が20年後もあるわけないだろ?つぶれてるって!それに20年後?俺もおまえも、おっさんとおばさんじゃんか?そんなの会ってどうすんだよ?」

「優子はおばさんになっても絶対いい女だよ。アイビーも20年後もあるって!絶対だよ!雅樹!絶対20年後の今日アイビーに来ること!そしたらいろいろわかるよ!優子の事も雅樹の事も!」

「何言ってるんだよお前は?俺は俺のことをよくわかってるし優子が言うように無理なんてしてないよ。」

「今はいいって!20年後にわかるよ!でももし20年後にどうしても来られなかったら、あそこにある落書きノートにメッセージを残す事!これも優子の命令だから・・・」
「なんだそりゃ?」

「いい!雅樹?優子との約束は絶対だよ?」
いつになく念を入れる優子に観念する俺。
「優子・・・わかったよ・・・約束する・・・」

「雅樹?優子と一緒にあのハトに乗って飛んだらいいのに!そしたら自由になれるよ!」

優子は、クレオパトラの様な美しさと品格と隠しても隠し切れない知性を合わせ持った女の子だった。
俺と優子はそれまでの人生で全くかみ合うことなく生きて来た。

あの時あの場所で出会い、ほんの少しの時間を共にし、もう二度と会うこともなく、また会うことも許されない。

長い人生の中でほんの一瞬。
その一瞬だけが二人に許された時間だった。

俺の人生の中でその一瞬が必然であり永遠となる。

 優子との出会いについては俺は詳細には語れない。特別何があったわけでもなくいわゆる恋愛と言った類とはほど遠くにあった。それでも俺は語らない。心のどこかにそっと。
語ることすら汚すようで出来ないのだ。

優子は俺を自由ではないといい、自由になれと20年後の俺にまでも向けてメッセージを残した。

 彼女は俺の中に何を見たのだろう。

俺はその後一度だけ優子の言うアイビーに行き落書きノートにこう記した。

『ヨーカドーのハトに乗って空を飛びたいって言う、お前の感性が大好きだよ』 

優子に読まれるこのなど恐らく絶対にないだろう。そうわかっていたからこそ俺は書き残した。

そして俺がその喫茶店に立ち寄ることは二度となかった。

『雅樹も優子と一緒にハトに乗って飛ぼう!』

そう言った時の優子の声が今も俺の胸にこだまする。

「優子・・・。」

夢から覚めた俺は優子の名前を呼んでいた。
あれから一度も口にすることのなかった名前を。

優子は一体20年後の俺達に何を見たんだろう・・・・。

『一緒に飛ぼう・・・・』