
彼女はキッと口をつぐんでいる。
「わかったよ…思い出すよ…」
そう言いながらこめかみに人差し指を当て考え込む仕草を作る。
とは言っても何も思い出せる訳でもない…
ただ彼女からフッと香った匂いを感じた途端に目眩にも似た感覚があったのは事実だ。
「どう?何か思い出しました?」
彼女が俺の顔を覗き込みながら言う。
何も思い出せないなんて言ったらまた頑なに口をつぐむんだろうな…
ここはひとつ…
「ああ…もう少しで…あと一息で思い出せそうなんだけど…ダメだ…」
俺は然もあと少しで思い出せそうな素振りをする。
何も思い出せるはずがない…
別に記憶を失ったわけじゃないさ…
「どうして?何がダメなの?」
俺の猿芝居に食いついてくる。
全てがわからない事だらけだがこの娘がこんなにもムキになる意味もさっぱりわからん…
「あの死神達が気になって…それから自分がどこにいるのかわからない事が不安過ぎて…わかるだろ?君だってこんな気持ちのままじゃきっと何も思い出したり出来やしないさ…」
「……」
沈黙してジッと俺の目を見つめる彼女。
「ずるい…そんな事言って私を騙そうとしてる…」
「騙そうとしてなんかないよ…本当に辛いんだ…この何もわからない状況と…思い出せそうで思い出せない…大切な事。」
俺は切々と訴える。
「大切な事?」
「ん?あぁすごく大切な事!」
彼女の頬が紅潮するのが目に見えてわかった。
「ごめんなさい…そうですよね、何もかもわからない状況って辛いですよね。私忘れてました。」
なんだ?忘れてたって…
「そろそろ死神達が消える頃だから、元の駅に戻って見ましょ。百聞は一見にしかずって言うでしょ。」
彼女がそう言うと不意に電車が止まった。
続く…