アマゾネス系女子のためのコーチ 伊藤史子です

 

今日は本の感想ではなく、気づきを書いてみます。

 

 

 

昨日、ある方から私へのメッセージが届きました。

 

 

 

「伊藤さんは『私が正しい』を捨てるとよいと思います」

 

 

 

それを読んだ時

 

「なんで正しいことを言うのがダメなん?」という反射の反応とともに、

 

「そうかもしれないなぁ」という感じもありました。

 

 

 

後者の「そうかもなぁ」は、半年前に退職した後に受けたセッションで
 

「これからは、沢山の変化があるが、受け入れること。変わることを怖れない」
 

ことを伝えられていて、色んな変化があるのだろうなぁと感じていたのですが、

 

 

 

先日もメイクのレッスンを受けに行ったら、まぁアイシャドウの入れ方なんて完全に逆!

 

それこそ、自分が正しいと思っていたことが誤っていた!という経験をしたばかりで、

 

「そうかもしれないなぁ」があったばかり。

 


 

先日のコーチ同士の練習でせっかくの機会なのでテーマに出してみました。

 

 

 

すると、これまでの行政の業務が「法律違反を指導する」だったので、

 

「こちらは正しい、相手は間違っている」のスタンスに長年居続けて、

 

そのスタイルが馴染みすぎてしまったこと。

 

 

 

それだけでなく、今は前職の仕事から離れているのに、

まだ正しさから離れられていないのはなぜか?

 

 

 

 

 

 

セッションでまず、

 

「『私が正しい』がホームポジションになっている」

 

と気づきました。
 

 

 

犬がウロウロしても犬小屋(今時あるのか?は置いといて)に戻ってくる とか、

船が航行しても港に帰ってくる という感じです。

 

 

ホームポジションを離れると、心もとなさ・怖さを感じます。

 


 

その次に、

 

「正しさを鎧(甲冑)のように身にまとって生きている」

 

ことに気づきました。

 

 

 

正しさという鎧を身にまとっていると
 

「その鎧に守られている(自分が攻撃されない=傷つかない)」
 

「その守られた中でモノを言っている」
 

と分かってきました。

 

 

 

イメージとしては、クリアパネル製(すごく分厚い)のガンダムの中に入っている感じです。

 

 

 

ガンダムになって動いてみると、

 

固くて曲がらないので柔軟性がなく

 

安全な中から、目?から放射(言葉を言う)しても高さがあるので「上から目線」

 

 

 

ガンダム化しての気づきは、

 

ガンダムではフラットに見て話すことはできないし、

 

柔軟性がないからしゃがんで目線同じにはできないし、

 

それだと人に寄り添うことは難しい

 

 

 

 

            (くだってるけど、写真が横に…)

 

これから、「私が正しい」から降りることが必要なんだと感じました。

 

きっと、降りたり、また戻ったりを繰り返すのでしょうが、

気づけたので、そこからが第一歩です。

 

 


 

ところで、この冒頭のメッセージの送り主は かわさき まりこ (Kawasaki Mariko) さん

 

 

まりこさんが主宰する「集客まりこ覚醒みらいオンライン経営塾」の

来月から始まる来期の受講募集が今日(5月31日)までです。

 

 

 

ビジネスだけでなく、マインドや、時にはすべきことではなく「止めること」も学べる機会です。

 

内容は、フェイスブックに詳細を掲載しています。

 

参加してみたい方、関心のある方は、メッセンジャーでお問い合わせくださいね。