「女性の活躍で、男性も幸せに」
―伊藤さんは26年間の国家公務員としての生活にピリオドを打って、コーチとして独立されたと聞いています。
その大きな決断に至った理由はなんでしょう?
大学卒業後に厚生労働省の地方機関である婦人少年室(元労働局雇用環境・均等室)に入局して以来、ずっと女性の活躍や仕事と家庭の両立の推進などに取り組んできました。
だけど自分を含めた職員は適性や情熱などを考慮されることなく、全国どこでも異動しなければなりません。
「これからも、このままでいいのか?」と自問したときに、「もっと自分の能力や強みを活かして生きていきたい。
そんな社会の実現に向けて働きたい」と強く思ったのが、そもそもの動機です。
―自分の人生をしっかり見つめ直して、決断された。そんな印象を受けますね。
そうですね。モヤモヤとした思いをずっと抱えていたので。
―そのモヤモヤについて、もう少し聞いてもいいですか?
ええ。職員は、まるですごろくの駒のように異動させられるんですね。
私の場合、26年間と半年の間に高知、兵庫、鳥取、大阪など8府県を渡り歩きました。
本人のキャリア形成などについてのヒアリングもなく、「行け」「やれ」と言われたらそうせざるを得ません。
適性のない仕事を任されて、メンタルを病む人もいました。
そうなると、本人も苦しいし、他の職員や家族だって不幸です。
私を含めて、人生の中心に自分ではなくて「仕事」が座っている。
人生の舵取りを仕事にさせている。
そんな生き方を続けていたことがモヤモヤの正体なのだと思います。
―新しい生き方にコーチングを選ばれたのはどうしてですか?
嫌な仕事をモヤモヤしながら続ければ、生産性も上がりません。
これからの人口減社会の日本において、そのような仕事の在り方を許容する余裕はないでしょう。
反対に、それぞれが能力や強みを活かせるような仕事に就いたら、働く人も元気になり、生産性も上がります。
当然、企業や組織にとっても良い結果を生み出すはずです。
人の適性や特質を見いだし、個人も組織全体も幸せになれるようなアプローチは、コーチングが非常に有効だと実感しています。
―実際に、そのようなアプローチをされた経験がおありですか?
独立後はまだですが、職員時代にはコーチングでの学びを活かしていました。
例えば部署内の担当でも、「この人はどんな人なんだろう?」「なにが得意なんだろう?」と、能力だけでなく、人そのものに関心を向けて仕事を任せるようになりました。
人と接するのが好きなのに内勤の事務を志望している人には、外回りを。
趣味の家具作りやらっきょう漬けも細部にこだわってするという人には、細かな部分まできっちり仕上げる必要がある事務仕事を、という風に。
すると、本人たちも目に見えて生き生きとしはじめ、効率もぐんと上がりました。
退職時に「自由にやれて、とても働きやすかった」とメッセージをくれた職員もいましたね。
―なるほど、分かりやすいですね。ところで伊藤さんご自身は、コーチングに出会ってどのような変化がありましたか?
まず、「答えはその人の中にある」という考え方がとても新鮮でした。
それまでは「分からない、知らないから、教える必要がある」としか考えていなかったので。
それがコーチングで視点を変えて現状を見つめるだけで、本人が自然と解決していく姿を目の当たりにしたんです。
衝撃でしたね。
私自身も人への接し方が大きく変わりました。
もうひとつ。
10年ほど前に仕事を抱えすぎて鬱状態になって、不眠に苦しみました。
治療する傍ら、コーチも付けていたのですが、その方が本当に寄り添って話を聴いてくれたんですね。
そのおかげで本当に救われましたね。
―単純に目標達成ということではなく、コーチングで人間への理解そのものを深められたのですね。
ところで、行政での長い経験を活かして、これから企業などには具体的にどのようなメニューを提供されるのでしょう?
ひとつは、やはり女性が活躍できる社会づくりですね。
ただ、それは男性も人生を楽しめるようにならないと実現しないんです。
―それは、どうしてですか?
女性も才能を生かして働ける社会を実現するためには、家事や育児がどうしてもネックとなります。
そうした負担を軽くするには、家庭での男性のサポートが不可欠です。
そこで課題となるのが、長時間労働なんです。
遅くまで残業する、会社のためにプライベートを犠牲にするといったことを良しとするような風潮を変えて、男性も人生を楽しめるようにならないと、女性が本当に活躍できる社会は現実的に難しいんです。
―では、男性も含めてアプローチする必要があるということですね?
そうですね。
でも、男性は女性に比べて頭が固い方が多いので(笑)、変化への抵抗も強いんですね。
なので、まずは柔軟性のある女性に対して、満たされた人生を歩むためのワークショップなどを開催することを検討しています。
女性が変われば、男性も必ず影響を受け、やがて企業全体に波及していきます。
そんな企業が増えるなら、社会全体も変わっていきますよね。
道のりは遠く途方にくれることもありますが、人生の舵を取り戻す人を少しでも増やしていくために、一歩ずつ進んでいきます。
(インタビュアー 大村たかし)
