「地域にこもる若者たち 都会と田舎の間に出現した新しい社会」という本を読みました。また備忘録として、感想を書いておきたいと思います。
この本を手に取ったのは、私の周りににはどうも「三重は田舎だけどいいとことだよー都会へは行かずここに住みなさい。その方が孝行。」という雰囲気があると感じていたからです。(ちなみに三重県の大学に通っています)また、大人たちが、出て行かないでーというのと同時に、若者たちの間でも地元愛が流行していると感じていました。地元は好きだけど縛られたくない、今後地元とどのようにら付き合って行ったらいいのか、考えたいと思いこの本を手に取りました。
読み進めていくと、それわかる!わかる!と共感することばかりでした。いままで感じていたことは日本中で起きている大きな流れだったのだということも感じました。
さて、この本についてですが、話しやすいように2点、
「現代の若者が暮らしやすい地方都市」「JPOPの歌詞にみる若者の地元観」
の2本立てで書いていきます。といってもちょっとあっちこっち行ったりするので注意してください。
まず、話は現代の若者の暮らしたい場所は都会でも山間部でもない、ある程度の買い物できる場所と自然が両方ある「地方都市」なんである。というところから始まりました。確かに、都会の魅力と田舎の魅力両方を行き来できる場所が一番魅力的に感じるのはすごく納得できます。
また、そのような若者にとって快適な地方都市は車で1時間程度のことろにイオンモールや大型施設がひとつあれば合格です。
これも確かに私自身、日用品は町の小型スーパーで買い、服や雑貨などたまに買いたくなるものは車で30分のイオンへ行ったり、もっと都会を味わいたいときは2時間くらいの遠出します。普段は山や川や田んぼに囲まれた場所に住んでいますが、買いたいとき買いたいものに合わせて少し遠出をすれば遊ぶところも買い物するところも十分にあります。そして、私たちはこの町のそういったところが気に入っています。
そんな「地方都市」である地元が好きな若者が増えているというのです。
地元が好き。と聞くと、その地域も安泰だな~と嬉しい気持ちになるのですが、どうやらここに問題があるようです…。
「地方都市」に住む若者は地元が好き。でも、その地元には地域全体の人間関係が含まれるのではなく、限られた友人や家族であるようです。なんだか寂しい、、、
それを示すように、東日本大震災後の調査によると、このような「地方都市」では、都会よりも田舎よりも、一番隣近所があてにならなかったそうです。
行きたいとに1人でも行ける大型施設やチェーン店の登場によって、地域の小売店や商店街がなくなったのもそれに影響しているのでしょう。小売の店主や商店街の付き合いがなくても、素性を知られてない1人の客としていられる環境が、現代の若者が暮らしやすい自分と仲間のいる「地方都市」が作られたわけだそうです。
ここまで書いて、「地方都市」がなんだか寂しいものに思えてきました……
でも現代若者が地元が好きなのは本当です。地元のために何かしたいと思っている人も多いです。
それについては次の「JPOPの歌詞にみる若者の地元観」で、若者の地元への思いの変化を述べられていたので、そちらで書きたいと思います。また、そのあと、このどこか寂しい「地方都市」は今後どうなっていくのかについても考えたいと思います。
ではでは、次にこの本でほぼ半分が割かれていたJPOPの歌詞にみる若者の地元観について書いていきたいと思います。(本を手に取ったときはこんな内容があるなんて知りませんでしたが、思いがけず面白かったです!)
私自身は歌をあまり聞かないので、実感しにくかったのですが、その歌手のファンだったりするとより面白く読めるんじゃないかなーと(笑)
…長くなったので、だいぶ飛ばして書きたいと思います。気になった方は、この本を読んでください。
簡単に説明すると、80年代の若者にとって地元とは大人たちによってがっちり決められ縛られるものでした。なのでそのころの歌は、いなかを捨て都会へ行く!という歌が若者の支持を集めました。しかし、現実には若者は地元から抜け出せない事情があることが多く、そのため歌でも愛する女性のために俺はいなかで頑張るんだ(若いころヤンチャしたけど、結局はいなかで落ち着く。それをもって大人。)となっていました。地元には愛する女性がいることが前提になっていました。
安定した「地元」があったからこそ、それに対して反発できたわけですが、そのあと「地元」は揺らいでいきます。女性の社会進出により、待ってくれる女性もいなくなります。若者たちは新たな生き方を探さなければ行けなくなったのです。
その流れとしては、自分を肯定し地元に反抗する→自分を肯定して夢を追いかける→自分を肯定して自分を受け入れる→仲間との関係のなかに自分を見出す
そんなこんなで、現代の若者たちは仲間や家族など気の知れた関係のなかでの自分たちのあるがままを認める考え方にたどり着いたわけです。
そして、今、若者の考え方は二極化しています。
仲間内で認めあう派と、さらに未知の人とも交流しようとする派。
前者から後者になるためにはコミュニケーションが必要です。
この後者の若者たちがこれからの、地域を作っていくのだと思います。
なんだか、締めがイマイチですが、今日は更新時間になったので、この辺で
