避難先で高校生パーソナリティーに挑戦 | eriのブログ

避難先で高校生パーソナリティーに挑戦

FMきたかたで毎週水曜・木曜の夜7時に放送している
高校生がパーソナリティーの「夢中deイヴニング」という番組がありますラジオ

その番組に4月から新しく入った高田涼太君を取材しましたマイク


初放送の4月11日。
「実は僕、大熊町から避難して来たんです!」
という発言にFMスタッフみんな知らなかったので驚きでしたびっくり


高田君の家は原発から3キロの距離。
すぐに喜多方市塩川町の親戚を頼りに避難してきました。

お父さんの会社は津波の被害に。
お母さんは役場での仕事のため、
初めは弟とおばあちゃんの3人だけで避難。

4月にはお父さんが仕事で茨城県へ。


大学進学を目指し、双葉高校に通っていた高田君。

「福島県内にいればまた双葉高校に通える」
そう思って高田君は塩川に残ることに。

初めは会津のサテライト校に通っていましたが、
なかなか以前のようには勉強できる環境ではなくなっていたため、
担任の先生の勧めで、先生の母校、喜多方高校に転校することに。

「双葉高校と喜多方高校はとても似ている」
という先生の言葉通り、偏差値だけでなく雰囲気などもとても似ていて
なじみやすかったと言います。

そして幼馴染も同じく喜多方高校に転校したため、とても心強かったそうです。

新しい環境。新しい友達。
けれど不安もあった中、「早く大熊に帰りたい・・・」
そう思うことも多かったそうです。

そんな高田君にとても大きな出会いがありました。

クラスの友達に放送部に誘われ、入部したことです。

少年の主張で優勝した経験もあったりと、もともと話すことが好きだった高田君。

初めて経験する放送部という部活動が毎日の楽しみとなりました。

そして、FMきたかたの「夢中deイヴニング」をしていた放送部の先輩が卒業したため、
変わりにやってみない?
と、誘われ「やります!」と即答。

高田君の活躍に家族も
「やってみなさい!」
「あっちではそんなことできなかったね!」
と、喜んでくれたそうです。
そして、放送をお父さんにも聞いてほしいと言います。





夢にも思っていなかった転校。お父さんと離れた暮らし。
けれど、放送部に入り、パーソナリティーという楽しみを見つけ、
喜多方高校に入ってほんとにによかったです!
と笑顔で話す高田君。

初めは突然の避難生活に悪いことばかり考えていたけれど
今は、悪いことばかりではないんだなと思えます。
と、ラジオで話していました。


「よく高校生は人生の中でも一番濃い時期だって聞くんですけど、
自分は二倍三倍濃い、すごく楽しく、辛く、いろんなことがいっぱいある
一生忘れられない期間になると思います」

高田君は震災後一度も大熊町に入ることができていません。
けれどマイクに向かって話す高田君はとてもイキイキと、
前を向き、素敵な未来へと一歩一歩歩んでいっているように見えましたface4