先日、癒やし人はハンセン病の方の施設に癒やしの旅に出かけていきました
お話が決まってからの約一ヶ月の間に体調を崩しだし、それでも新しい手法を次々考えレベルアップしていく藤本先生。。
なにかに突き動かされているような動き、、魂がそうさせるのか…
見ていられないくらいの消耗と体調不良
そんな中もセッション、セミナーで地方を飛び回る。
私がなにを言っても 「無問題!」と決して手を緩めることもない。
父・藤本先生の気迫に圧倒されると同時に、『生きる』『仕事』『幸せ』とはなにかを見せてもらった日々でした。
ついに【その日】はやってきた。
帰ってきた藤本先生は見た目はしんどそうですが満たされた顔
同伴した阿河先生のブログがアップされました
なんともうまく言葉にできないのですが、魂の約束が果たされたような気がします。
お一人ずつの心が少しでも満たされ、嬉しい・幸せと思える時間が持てたことがなにより嬉しく、読ませてもらった私が満たされ同時に長男も
私の長男は色素性乾皮症という病気です。
10歳まで生きるかどうか…
と3歳の時に言われ、この先はこうなって、ああなって~と先輩ママたちから話を聞き
とにかく大変だ…と言うことは頭に入ったけど
これからどうしたらいいんだろ
どうやって生きてくの
周りからは
若く子供なんか産むから…
悪いことしてきたからじゃないの?
カルマが~先祖が~と、どこから聞いてくるのか親切な勧誘があちこちから沢山。。。
なんでこんな病気の子が。。
私がなにをしたの。。
私は元々インスタントラーメンなどもあまり食べず、炭酸ジュースも飲まない。
いわゆる悪いことと言われる薬系はもちろん、普通の頭痛薬みたいな市販の薬も飲まない生活をしていました。
最初の子ってこともあり、本やテレビでお腹の子供にいいと言われることはなるべくやって過ごしていたのに
生まれてきた長男は日光に当たると(日光浴で)当たった部分の皮膚が水ぶくれになり火傷状態になる赤ちゃんでした。
皮膚以外のことは、オムツも一歳半になった頃にはとれたし、言葉は早い方ではないけれども話しは通じていたし、テレビなどは普通に見ていた。
生まれつき性格がおとなしい方だったためか、ひっくり返って泣いたり、ひきつけを起こすなど特に困ったこともなかった。
皮膚がひどい状態の時は周りのママにうつらない病気?と聞かれては泣き、
長女を妊娠したら遺伝性の病気なので生まないように と病院から言われては泣き、
外にも出るのが嫌になってた頃もありました。
泣いてる私に心配そうにティッシュを持ってきてくれた長男。
お母さん
ととびきりの笑顔を見せてくれ死ねない、と思わせてくれたのも子供たち。
そんな長男が中学から養護学校に通いだし、そこで初めて知った病気の数々。
なんで…
私が生きてきた中ではあまり知られてない世界がそこにはありました。
どうして好き放題なことをして五体満足な人と生まれつきこんな病気な人がいるのか、
家族とはなんなのか、
生きるって。。。
私のように何歳までと子供を看取る予定の親と、内臓などには問題がないため長生きする病気の子で先に自分が逝く予定の親との喧嘩があったり、
障害者がいる家庭の子とは~と結婚が破談になった話も多く、身内も世間もみんな敵!というママも少なくない。
リストラにあった旦那さんが奥さんや兄弟を想い病気の子と無理心中するなど、誰が悪いとか正しいとか言えないことが沢山ありました。
幸いにも私は一人一人に魂の約束があるということ、
過去世のことや起きていることの意味、どう生きるか、などを考えられる環境にいるのである意味落ち着いて見ていられます。
父がいなくて、エネルギーのことも知ろうとせず、ユニバーサルトリートメントもなかったら私はもっと自分を責め、娘たちにも周りの方にも申し訳ないと被害者意識の塊で暗くつまらない人生を送っていたと思います。
人は人生の設計図を持って生まれてくる。
納得いかない!とか、じゃあなにやっても無駄じゃん!自分の人生ずっとこんなか…
と頭にきたり、自暴自棄になりたくなる方もいらっしゃるとは思います。
かつての私も「こんな現実望むわけないでしょ!」と思っていました。
いえいえ。
魂には決めてきた約束がある。
それが心の底からわかると起きてる現実に納得ができるから乗り越え方も見えてきて違う楽しみかたができる。
私は今 『自分』に生まれてきてよかったと思っていますし、長男にも「次はこうゆう学びかたじゃなくてもいいんだよ。」と話をし本人もわかっているのではないかな、と思います
父がよく言います。
目の前の病気が治るとかは大した話じゃない。
魂がどれだけ癒されるかなんだ、と。
なんのために生きているのか。
生きる喜びや幸せがよくわからない方にエネルギーから見える世界を知っていただきたい
ヒーラーへの道標・徒然草
Android携帯からの投稿

お話が決まってからの約一ヶ月の間に体調を崩しだし、それでも新しい手法を次々考えレベルアップしていく藤本先生。。
なにかに突き動かされているような動き、、魂がそうさせるのか…
見ていられないくらいの消耗と体調不良

そんな中もセッション、セミナーで地方を飛び回る。
私がなにを言っても 「無問題!」と決して手を緩めることもない。
父・藤本先生の気迫に圧倒されると同時に、『生きる』『仕事』『幸せ』とはなにかを見せてもらった日々でした。
ついに【その日】はやってきた。
帰ってきた藤本先生は見た目はしんどそうですが満たされた顔

同伴した阿河先生のブログがアップされました

なんともうまく言葉にできないのですが、魂の約束が果たされたような気がします。
お一人ずつの心が少しでも満たされ、嬉しい・幸せと思える時間が持てたことがなにより嬉しく、読ませてもらった私が満たされ同時に長男も

私の長男は色素性乾皮症という病気です。
10歳まで生きるかどうか…
と3歳の時に言われ、この先はこうなって、ああなって~と先輩ママたちから話を聞き
とにかく大変だ…と言うことは頭に入ったけど
これからどうしたらいいんだろ

どうやって生きてくの

周りからは
若く子供なんか産むから…
悪いことしてきたからじゃないの?
カルマが~先祖が~と、どこから聞いてくるのか親切な勧誘があちこちから沢山。。。
なんでこんな病気の子が。。
私がなにをしたの。。
私は元々インスタントラーメンなどもあまり食べず、炭酸ジュースも飲まない。
いわゆる悪いことと言われる薬系はもちろん、普通の頭痛薬みたいな市販の薬も飲まない生活をしていました。
最初の子ってこともあり、本やテレビでお腹の子供にいいと言われることはなるべくやって過ごしていたのに

生まれてきた長男は日光に当たると(日光浴で)当たった部分の皮膚が水ぶくれになり火傷状態になる赤ちゃんでした。
皮膚以外のことは、オムツも一歳半になった頃にはとれたし、言葉は早い方ではないけれども話しは通じていたし、テレビなどは普通に見ていた。
生まれつき性格がおとなしい方だったためか、ひっくり返って泣いたり、ひきつけを起こすなど特に困ったこともなかった。
皮膚がひどい状態の時は周りのママにうつらない病気?と聞かれては泣き、
長女を妊娠したら遺伝性の病気なので生まないように と病院から言われては泣き、
外にも出るのが嫌になってた頃もありました。
泣いてる私に心配そうにティッシュを持ってきてくれた長男。
お母さん
ととびきりの笑顔を見せてくれ死ねない、と思わせてくれたのも子供たち。そんな長男が中学から養護学校に通いだし、そこで初めて知った病気の数々。
なんで…
私が生きてきた中ではあまり知られてない世界がそこにはありました。
どうして好き放題なことをして五体満足な人と生まれつきこんな病気な人がいるのか、
家族とはなんなのか、
生きるって。。。
私のように何歳までと子供を看取る予定の親と、内臓などには問題がないため長生きする病気の子で先に自分が逝く予定の親との喧嘩があったり、
障害者がいる家庭の子とは~と結婚が破談になった話も多く、身内も世間もみんな敵!というママも少なくない。
リストラにあった旦那さんが奥さんや兄弟を想い病気の子と無理心中するなど、誰が悪いとか正しいとか言えないことが沢山ありました。
幸いにも私は一人一人に魂の約束があるということ、
過去世のことや起きていることの意味、どう生きるか、などを考えられる環境にいるのである意味落ち着いて見ていられます。
父がいなくて、エネルギーのことも知ろうとせず、ユニバーサルトリートメントもなかったら私はもっと自分を責め、娘たちにも周りの方にも申し訳ないと被害者意識の塊で暗くつまらない人生を送っていたと思います。
人は人生の設計図を持って生まれてくる。
納得いかない!とか、じゃあなにやっても無駄じゃん!自分の人生ずっとこんなか…
と頭にきたり、自暴自棄になりたくなる方もいらっしゃるとは思います。
かつての私も「こんな現実望むわけないでしょ!」と思っていました。
いえいえ。
魂には決めてきた約束がある。
それが心の底からわかると起きてる現実に納得ができるから乗り越え方も見えてきて違う楽しみかたができる。
私は今 『自分』に生まれてきてよかったと思っていますし、長男にも「次はこうゆう学びかたじゃなくてもいいんだよ。」と話をし本人もわかっているのではないかな、と思います

父がよく言います。
目の前の病気が治るとかは大した話じゃない。
魂がどれだけ癒されるかなんだ、と。
なんのために生きているのか。
生きる喜びや幸せがよくわからない方にエネルギーから見える世界を知っていただきたい

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