ブログも毎日更新できたらいいなと思いながら、
やっぱり間は空くものですね。
10年くらい前かな、
学生時代にもブログって流行り出した気がするけど、
その時はほぼ毎日更新していたのにね(笑)
今週は「家出」した。
「今の自分」には、家すら居心地が悪い。
そう思い込んでいるだけなのかもしれないけれど
「今の自分」にとってはそれが本音であることも違いない。
積り積もって頭が沸点を突破して、
「このままでは家族に手を挙げかねない」
そう自分の中で危機感を感じ、家を飛び出した。
行くあてもなく、1時間ちょっと車を走らせて、
・そういえばこの周辺のことあんまりしらないな。
・あ、この温泉行ったことないから入ってみようか。
・この近くに飯屋あるっけかな。探してみるか。
そんな探索活動が中心。
あとは、厄払いのご祈祷を受けにいったかな。
とにかく家・この地域に居たくなくて
人目の気にならないくらいの場所まで行きたかった。
おそらく「今の自分」にとっては、
自分の生まれ育った地域ではあるけれど、
この地域での生活は全く適さないんだと思う。
それでさらに孤立感を感じてしまう。
いわば、悪循環の一途をたどっている気がする。
地域性とのミスマッチって、
実は結構なストレッサーになっていると思う。
みんながみんなその地域性に適応できるかと言えば
そうじゃないと思うし、
かといって、この時代に我慢を「美徳」とできるかと言えば
そうでもないと思う。
それに気が付かないうちは、
たった数人が声を挙げたところで
地方創生なんて難しいんじゃなかろうか。
前の職場で休職することになっても、
地元に帰ってくるっていう選択を最後まで拒んでいた理由が
「地域性とのミスマッチ感」だったんだよね。
そもそも、
「実家に帰って静養するのが当たり前」
みたいな風潮なんなのさ。
僕にとっては「苦痛」以外の何物でもない。
家族との
とにかく「我慢」が美徳とされる
人と違った行動をすれば「叩かれる」
変わったことをすれば「叩かれる」
村八分とまではいかないものの、
それに近い地域性が根強く残っている印象はある。
僕は高校進学の時、寮生活をするためにこの地域を出て行った。
帰ってくるまでの16年、外からこの地域を見てきた。
不思議なもので、「嫌なところ」しか見えなかった。
家族との理解の不一致というものもあるし、
こんなことで苦しむくらいなら、
いっそ家を離れた方が自分のためだなっていう考えが
ここ最近は大きい。
「郷に入ったら郷に従え」
とは言うものの
それって実は、相当時代遅れな思想なんじゃないの?
というのが僕の意見。
昔ほど選択肢がないわけでもないし、
不思議と光は見えているから。