同情するなら○○をくれ | FM130 STYLE

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とある独身オトコの日常とうつ病体験記(進行中)
~ネガティブのすゝめ~

幾分ご無沙汰である。

サボっていたわけではない。

完全に忘れていただけである。

まぁあれだ、一個人の忘備録だしPV数稼ぎたいわけでもないし、このくらいの感覚でいいのかもしれない。

さて、12月に入って完全に調子を崩した僕。

また、仕事にも行けなくなった。

相も変わらず、見えない答えを探し出そうとしている。

自己肯定感も著しく低くなっている。

という自己分析までは出来ている。

そんな中、ふと思い出したフレーズ。

「同情するなら金をくれ」

このフレーズがどの世代まで通用するのかはわからないが、1994年に放送されたテレビドラマ「家なき子」の中でのセリフで、同時10歳そこそこの僕も強烈なインパクトを覚えた記憶がある。

(「家なき子」がわからない人はWikiか何かで調べてほしい)

なんで唐突にこのフレーズを思い出したのかはわからない。

でも、5年ほど前に言われた、いまだに忘れられない言葉がある。

「ヤギちゃん(俺のニックネーム)、かわいそう」

言った本人は、そのあと僕に何かしてくれたわけでもなく、気が付いたら去って行った。

まぁね、血のつながっている家族じゃないなら結局は赤の他人だし、そんなもん。

でも、その人に言われた言葉が今もなお脳裏に焼き付いて離れない。

『俺の何がかわいそうなんだ?』

『かわいそうなのか・・・だからなんなんだ?』

という違和感と

『同情はしてくれるけど、じゃあ俺のこと認めてくれるのか?』

『同情はしてくれるけど、この人俺のこと助けてくれるのか?』

という期待感

僕の中には、後者の見解が生まれたような気がした。

同情してくれた(と思った)ことで、少し胸の中のストッパーが外れたような気がした。

だからといって、何かが変わったわけでもない。

むしろ、今もなおこの状態である。

今の僕にとって、何が必要なのか。

自己肯定感を少しでも高めるために、小さな自信を積み重ねた方がいいのか?

誰かに認められることが必要なのか?

それとも金が欲しいのか?

「同情するなら○○をくれ」

僕だったら○○に何を求めるのだろうか・・・