幾分ご無沙汰である。
サボっていたわけではない。
完全に忘れていただけである。
まぁあれだ、一個人の忘備録だしPV数稼ぎたいわけでもないし、このくらいの感覚でいいのかもしれない。
さて、12月に入って完全に調子を崩した僕。
また、仕事にも行けなくなった。
相も変わらず、見えない答えを探し出そうとしている。
自己肯定感も著しく低くなっている。
という自己分析までは出来ている。
そんな中、ふと思い出したフレーズ。
「同情するなら金をくれ」
このフレーズがどの世代まで通用するのかはわからないが、1994年に放送されたテレビドラマ「家なき子」の中でのセリフで、同時10歳そこそこの僕も強烈なインパクトを覚えた記憶がある。
(「家なき子」がわからない人はWikiか何かで調べてほしい)
なんで唐突にこのフレーズを思い出したのかはわからない。
でも、5年ほど前に言われた、いまだに忘れられない言葉がある。
「ヤギちゃん(俺のニックネーム)、かわいそう」
言った本人は、そのあと僕に何かしてくれたわけでもなく、気が付いたら去って行った。
まぁね、血のつながっている家族じゃないなら結局は赤の他人だし、そんなもん。
でも、その人に言われた言葉が今もなお脳裏に焼き付いて離れない。
『俺の何がかわいそうなんだ?』
『かわいそうなのか・・・だからなんなんだ?』
という違和感と
『同情はしてくれるけど、じゃあ俺のこと認めてくれるのか?』
『同情はしてくれるけど、この人俺のこと助けてくれるのか?』
という期待感
僕の中には、後者の見解が生まれたような気がした。
同情してくれた(と思った)ことで、少し胸の中のストッパーが外れたような気がした。
だからといって、何かが変わったわけでもない。
むしろ、今もなおこの状態である。
今の僕にとって、何が必要なのか。
自己肯定感を少しでも高めるために、小さな自信を積み重ねた方がいいのか?
誰かに認められることが必要なのか?
それとも金が欲しいのか?
「同情するなら○○をくれ」
僕だったら○○に何を求めるのだろうか・・・