兄A…32歳ラガーメン
姉B…29歳 超絶我侭天麩羅ゴスパン俺女。しかもデカい ただいまニート中 身長175cm130kg
私C…26歳 絵描き。下の弟妹に対する愛は誰にも負けません。
弟D…23歳 V系バンドのメンバー。ちょっとシャイだが妹への面倒見が良く優しい子。妹についで被害に遭う
妹E…19歳 生まれつき心臓に障害を持っているが。頑張り屋の字書き。ロリータ。頻繁にBの被害に遭っている。
末っ子と言うこともあったり本人の性格で、可愛がられている。大柄な家族の中一人だけ小柄。
妹は心臓が弱く、三食食後に、必ず薬を飲まなければいけない。当時妹4歳、姉14歳。
ある日曜日の昼食後、泣きながら何かを探し回っている妹。
「Eちゃん、どうしたのかな?」と兄が話しかけてみる。
「Eちゃんのお薬ないの」との答え。
当時妹はおばあちゃんに作ってもらったそのポシェットがお気に入りで、普段はずっと肌身離さず持っていた。
泣くのも心臓に負担をかけるため、兄が必死であやしながら薬を探す。
妹は「死ぬのいやー、死ぬのいやー、Eちゃん死んじゃう、怖い、死んじゃうよ、怖い怖い」と泣き狂っていた。
ほとんど入院したり手術したりの生活だったから、妹もその年で死が身近だったんだろう。
隣のベッドの人とかが苦しんで死ぬのとかも見てたから。
とうとう発作を起こしてしまったので、処置は兄に任せ、私と弟は必死で薬を探したが、見つからない。
妹はたとえ小さかったとしても薬の重要さは十分わかっていたので、飲む時以外ポシェットから薬を出すこともしなかったし、勿論人に見せびらかすような事は一切無かった。
だから妹が無くしたとは考えにくいし、前日に病院に行って薬をもらってきているから、まだ十分に残っているはずだった。
結局救急車を呼んで、妹は搬送された。後30分、搬送されるのが遅かったら死んでいたと言われた。
兄が昼間の出来事を報告、すぐに病院に向かうように言った。
両親が驚いていて、てんやわんやしているところに、姉帰宅。
兄、「ちょっとB、来い。カバンの中身見せろ!!」
抵抗する姉。
カバンの中から妹の薬発見。曽祖父母、祖父母と両親、兄に説教され、一旦は沈静化。
4歳の子供に不安を与えるな。
その2年程後、学校から電話があり、「Bさんは、何か病気なのですか?怪我とかしてますか?」との担任の言葉。
母が、「見てお分かりのとおり、お恥ずかしいくらいのまったくの健康そのものです」
「食欲の方は?」と聞かれ、「見てのとおり、お恥ずかしいぐらいに食欲旺盛な子で、今朝もどんぶりめし4杯食べていきました…ついでに昨日も夕飯は弟と妹の分のおかずに手を出し…で、どうかしたんですか?」と聞けば、
学校で、薬を見せびらかして、「俺はこれがないと生きられないんだ」とか言っている事、
クラスの姉の友人(やっぱり俺僕)が、真似をしたり、怪我もして無いのに包帯を巻いてきたりするようになったと
言われ、母は姉に激しく注意。
「薬をきちんと飲まないとEが死ぬかも知れないって解ってるでしょ?!」の言葉に、
「Eなんて元々死ぬはずの子だったんだから、死ねばいいじゃねーか」と薄ら笑い。
確かに生まれてきた時仮死状態だったし、何度も死にかけてる。
だが、姉は病院に付き添いに行って「ネタにできるwww」とか「医療関係に詳しい俺様v」を気取って、
いつも両親や兄に叱られていた。
姉が当時出していた同人誌やペーパーにも、「俺は医療関係に詳しくて」「病気が酷くて原稿遅れまつv」とか書いてた。
「だいたい、病弱末っ子設定なんておいし過ぎるんだ。それは俺にこそ~…」
「5人もボコボコ作って、気持ちいい事して作ったんだろうが、この淫乱」
母が号泣しながら姉を殴ってました。
以来、母は何があっても、姉の味方はしなくなりました。
姉はその他にもいろいろ事件を起こしてくれました。
例えば…弟はバイクが趣味で、ずっと欲しかった機種を念願かなって買えて納車され、嬉しそうに弄くっていました。
「バイクの鍵がねぇ!!兄ちゃんしらねぇか?!」
兄、「いやいや。お前寝る前にベッドのとこに置いて寝てただろ。枕元に」
弟は昔から、自分の好きなものや貴重品は枕元に置く習性があるので、たいてい枕元にあるはず。
で、兄の横から妹が、「B姉ちゃん、さっきお兄ちゃん達の部屋に入ってってたよね」と証言。
「それと、B姉ちゃんの友達とかが来てたよね」
それと同時に、バイクのエンジン音が聞こえて、何人かの悲鳴と何かがぶつかる音がした。
皆で外に出ると、家の前にある物置に、弟の自慢のバイクが突っ込んでいた。
一瞬、何が起こったかはわからなかったけど、人の涙って吹き出るんだなと、弟を見て思った。
「姉ちゃんなにやってんの?!」と私が行くと、姉の友達の俺僕たちの中でもまともな感じの人が、
「Bちゃんが、バイク買ったって言うから乗って見せてっていったら…」
つまりは、弟のバイクを「バイクも乗りこなせる、俺様v」として乗りこなそうとしたら、
やっぱり乗りこなせなかったとかそういう話で…。
結局弟のバイクは納車から二日目で修理に出すこととなった。
「勝手にDのバイクに乗るな!!免許もないくせに!!Dがどれだけ苦労して勝ったと思ってんだ!」と
私が説教していると、姉は「俺が乗りやすいように出来てない!不良品だ!!ふじこふじこふじこ!!」と逆切れ。
ちなみに、姉には怪我はなかった。
弟、しばらく妹以外に口をきかなくなり、今まで勝手に使われたメイク道具や、着れないのに着られて
処分する事になった服などの請求書を姉に突きつける。
弟は地元でV系のバンドを組んでいる。(弟はベース)
そこそこ人気もあって、バンドのメンバーもみんな仲がよい。
うちの妹も作詞とかたまにキーボードで関わったりしている。
その日も、弟と麺達と妹とで、茶の間の隣の部屋で会議していた。地元バンドのイベントが近かったし。
私はとなりの茶の間で、兄とコタツで駄弁っていた。
と、家の外がなにやら騒がしい。
同人板の連続書き込み規制にひっかかるとは…
とりあえず最後まで見るまでもなく
「死んだらいいのに」以外に贈る言葉のない姉Bだと思います
:2008/02/13(水) 10:27:28 ID:9kRw+iOB0
:2008/02/13(水) 11:02:19 ID:C799AkYc0
not humanすぎる
好きで病気になる人間なんかいるか。
一所懸命生きてる妹さんに土下座して詫びろ。
座敷牢にでも閉じ込めて死なない程度に餌やればいいよ
しかしホントnothumanをhumanに更生させる施設ないものかね…
もう動物園でライオンとかと一緒に檻の中で飼育しちゃえばいいと思う。
多少エサ食わなくてもダボダボの脂肪に栄養入ってるから死なないだろうよ。
(ライオンが)かわいそうだけどライオンに食われちゃえよ俺僕女。
ライオンが食中毒起こした後じゃ遅いんだぞ
裸にむいて屋外の檻にぶちこんじまえ
ゴリラ以上にとんでもないことしでかすかも知れんぞ。
連中は犬以下。よりによってゴリラと比べるなんて自分のアホさ加減を思い知った。
比較するまでもない
待て待て、それじゃ犬に失礼だぞw
ザブリスカのフォンテマ以下の知能しか持ってない俺女と、
きちんと訓練すれば忠実な友人になる犬を比べるなんて。
あいつらは放射性廃棄物並の強力な毒性を持った廃棄物だぞ。
宇宙空間に放り出すしかないじゃないかw
連投規制でとまってしまいました。ごめんなさい。
もう、たまりにたまってるので、吐き出させてください。
妹のポシェットは、病気の所為で市内の幼稚園全部に入園を断られた妹の為に、可哀想に思った祖母が、
責めて幼稚園に行ってる子達と同じようなものを持たせたいと、作ってあげたものです。
俺女であるBは、兄弟でも一番難産だった為、母は本当に苦労したそうです。
続きです。
玄関が開くと、ゴスロリとかを身にまとったお嬢さん方が挨拶もせずに3人上がりこんできた。
騒ぐ言葉から察するに、どうやら、弟のバンドのファンの子みたいだった。
兄「人んちでなにしてんだぁぁぁ!!」とゴルァ。
玄関から最後に入ってきたのは姉だった。
「お前か!!何してんだボケナスが!!」とBを殴る兄。
「だって、Dたちのファンの子だし。ここは俺んちだし、あいつ等俺のファンでもあるし~」と姉。
さらに兄からのきつい一発が入る。
客間からは妹の悲鳴と、弟や麺達の怒声。
とりあえず姉の事は兄に任せて、私は客間へ急行。
弟が、麺のリーダー格に抑えられ、妹が別の麺に部屋の隅で保護されて大泣きしていた。
さらに弟達に抱き付こうとしたりしているお嬢さん達がた。
さすがにKを呼びました。
お嬢さん方が言うには、
・Bが「●●(弟のバンドでの名前)はうちの弟で、よくバンドの麺もうちにあつまる」と言った。
・俺は作詞とかにも協力していて、あの歌(人気がある歌)も俺が作詞したようなもんだ。
(実際には、あるテーマに沿って弟達が出していったフレーズを、妹がアレンジした物)
・勿論、今日も弟達は会議をしていて、自分も出席する(ありえない。弟は姉Bの存在は無視している)
・俺と一緒なら、みんな受け入れてもらえるはずだから。
・突入してみたら、キーボードの女がいた。(サポートメンバーだし妹だし)
→「いつもライブとかで麺に絡まれてたりしてウザい!」「そこに相応しいのは厨ちゃんたちだふじこー!!」→妹に暴行
と、言う訳らしい。
バンドでは、弟と妹が兄妹であると言うことはよくネタにされていたし、そういうお決まりのやり取りもある。
妹が先ほどのショックで発作を起こして寝込んでしまったため、署の方で話を聞く事になった。
話を聞いていて驚いた事に、妹のクラスの僕女もそのメンバーに居て、
日常的に妹はその僕女の被害にあっていた事をその日、初めて知った。
・Dが兄である事が羨ましい、Eにはもったいないのでそれをわからせて上げる為に毎日言っていた。
・Eが休日に着て歩いている服が羨ましい、僕にこそ相応しい。
(妹はほとんど自分で作ったりバイトしたりして買ってて、親兄弟にねだった事は一度もない)
・何もかも、Eには勿体無いので、全部僕に寄越せ!!ふじこふじこ!
妹が高校に入ってから体調が芳しくなかったのはその所為だろう。
結局、うちに襲撃したお嬢さん方のご両親たちは良識ある方々で、誠心誠意謝ってくれて、
お嬢さん二人(僕女以外)も、落ち着けばいい子達で、
ライブには行くけど、もうこんな事はしないということだけは約束してくれた。
さて、問題なのはうちの姉だが…。姉はその後、親族会議にかけられた。
弟が被害を訴え、妹は自分で言えるタイプではないので、私と兄から説明した。
「Eと一緒に居させては、Eが死んでしまうのでは」と言う意見も上がり、
「一人暮らしをさせよう」と言うことになったが、最初からそれと言うのは不安があるので、
とりあえず、県外で建築会社を営む伯父の下に預けられることになった。
伯父の会社は、教育が厳しいし、伯父も優しい人ではあるが、悪いことをすれば、
厳しくしつけ直すタイプの人だったし、快く引き受けてくれた。
姉が伯父の会社の寮に旅立って1ヶ月。
我が家は平和だった。弟も妹も兄もいつも笑っていたし、兄妹4人で休みの日には出かけたりもしていた。
が、1ヶ月経って、伯父から電話があった。
「Bが脱走した」
その日は給料日だった。
厳しくもしたけど、1ヶ月頑張った事を労おうと寮の姉の部屋に行った所、蛻の殻。
結局、姉Bは一週間後に、当たり前のように我が家に帰ってきた。
その後もいろいろ事件を起こしたり、まだまだ語りつくせない事もありますが、今日のところはこの辺で失礼します。
姉の脳には、今のところ思考以外の以上は見られていません。
ちなみに、姉Bは意外な事に兄弟で一番学校の成績はよく、
ある教科の全国模試では全国一位をとったこともありますし、他の教科でも成績は良かったです。
高校を卒業するまで、Bは学年3位以下をとった事がありません。
その上ある時点までは外面がすごくよくて、勉強もできるとあって、地域の人達からは、
「すごく賢い子」と言われて、褒められていました。
中学校の頃には、当時高校生だった兄の問題集もスラスラと解いていたので。(兄が解らない所も)
なので、若干、両親が甘やかしていた傾向もありました。
今回は、私が姉を完全に許すことができなくなった理由のひとつを吐き出させていただきに参りました。
妹が小学校2年生のころの話です。当時姉、18歳。(高校3年生)
主治医の先生が、
「東京には、僕よりももっと、Eちゃんの病気に詳しい先生がいて、
その先生ならEちゃんをもっと元気にできるかもしれないよ。運動会で走れるかもしれないね」
と、紹介状を書いてくださったので、妹は東京の、主治医の先生のお友達の先生の所へ向かうことになりました。
妹は「治るかも知れない」と言う期待と、初めての東京行きに、ワクワクしていました。
リュックサックに洋服などを詰めたり、父にカメラを貸してとせがんだり、おやつを何もっていこうか迷っていたり。
お気に入りのぬいぐるみを持っていくんだとか言って弟と喧嘩してたり。
(でも弟のリュックの中にも、当時大好きだったミニ四駆とそれの道具が入ってました/笑)
家族の誰も都合がつかない状態で、どうしたら良いかと頭を悩ませていたら、名乗りを上げたのが姉でした。
一応、姉も受験生。姉の学校は、その日にはもう試験は終わっている予定でしたので。
「受験したい学校が東京にあるから」との事で、かなりの心配がありましたが、姉を保護者として同行させることとなりました。
「医療関係に詳しい俺様v」を気取っていても、姉はいざ妹が発作を起こすと大騒ぎして妹をその場に放置するから。
何度も兄と両親は、妹がもし発作を起こした時のための対処の仕方を教えようとしても、
「俺は医療に詳しいんだから大丈夫だ!」「俺はお前らと違って頭が良いからな!!」と拒否。
しまいには、父の最終学歴が中学だと言うことまで持ち出す始末。
そんななので、妹への処置は当時小学6年だった弟に委ねられました。
弟はそれまでにも何度も妹が発作を起こした際に、処置をして来たので、慣れています。
初めての東京や、初めての新幹線。興奮させて発作の要因となる材料はたくさんありましたので。
お財布係は弟に決め、姉にもお金は渡していましたが、弟には姉に隠れてもしものために多めに渡していました。
そして、三人が旅立って次の日の夜の事。
皆で夕食を食べていて、やっぱりDとEの心配の話をしていると、家の電話が鳴りました。電話の相手は、弟でした。
電話に出た母が血相を変えて「大丈夫なの?大丈夫なの?」と仕切りに心配しています。
電話口の弟は、涙声だったそうです。やっぱりまだ小学6年生でしたし、12月の寒空の中で見知らぬ土地で、
病気で具合を悪くしている妹を抱えて、不安だったでしょう。
試験を休んででもいけば良かったと、私は泣いてしまいました。
何とか状態の良くなった妹を連れ、弟はホテルに行きました。
でも、次の日も、姉が二人のところに現れなかった為に、二人が一番楽しみにしていたネズミーランド行きは無しになり、
二人はしょんぼりした状態でその翌日に帰ってきました。
駅で両親の顔を見た瞬間、弟は大泣きしたそうです。
ずっと、妹の手を握ったままだったそうです。
東京ではどんな店があるかも解らないし、弟はせめてもの東京での思い出にと思って、
妹を連れて原宿に行き、田舎にはないハンバーガーショップにて、ハンバーガーを一緒に食べたそうです。
でも、ゲームセンターも、うちの両親の教育方針で入ってはいけないことになっていたし、
お金はあるけど、何かあったらの為にそんなにたくさんは使えない。
二人でアクセサリーショップとか、雑貨屋を見て歩いてたそうです。
捜索願も出しかけましたが、父が「もう戻ってきても帰ってくる場所はないだろう」と言って、
もうちょっと様子見をする事に。
正月、ちょうど親戚一同集まって宴会をしているところに帰ってきた所で、
どんな騒ぎになったかと言えば、想像には難くないでしょう。
しかし、姉は親戚のおじ達にお年玉を請求する始末。
そして、どういう教育をしているんだと怒られ、果てには同情される両親。
姉が言うには、弟の財布を奪った後、文通相手の俺女仲間(当時成人していた)の家にいたそうです。
その俺女仲間の方は、当時姉が活動していたジャンルの大手で、一緒に原稿をしていたそうで。
冬の祭りにも出て、いろいろゲッツして帰ってきました。
散々両親に怒られた後、姉は「せっかくCにもお土産買ってきたし、DとEの好きな漫画も買ってきたのに」と言いました。
Bにも良いトコあるのか…?
と思ったのですが、私が部屋に帰ってその本を開くと18禁のホモエロガチューン汁沢な同人誌。
いやな予感がして、妹の部屋行って見ると妹の目の前には、当時好きだったアニメの同じくホモエロ…林間な物があり、
「お姉ちゃん、これなにやってるの。○○がやめてって言ってるのに、なんではだかんぼなの」と無邪気に聞いてくる。
怒りが込み上げて来た。
そして、振り向けば弟がいて、「僕よりC姉が読んだほうが良いと思う。あげる」と、ミニ四駆漫画の同じく…な物を差し出された。
…初めて姉に手を上げた日です。
姉は私が殴りかかる直前、悪びれもせず「性教育万歳、俺素敵」発言をしていました。
長々と失礼しました。今回はこれで。
言葉が浮かばないよ
俺女死ねばいいのに。
何スレか前に母親が僕女で報告したものです
既に絶縁しているのにまた遭遇、と言うか会いにきやがりました。
・ほぼしかとしてセルフのメシ屋に入る→後をついてくる
・支払いを私に押し付けようとするが自分の分だけ払って席につく、ぶーぶー言いながら同じ席に
・進学きまったの?やっぱ上京するんでしょ?僕の家にくれば(ry
・しつこく僕と暮らそう☆攻撃
・奴は父と離婚する際「お前は病気持ちだからイラネ」と言っていた
・「お父さんとくらすよりママと暮らした方がイベントたくさんいけるし自由だよ☆」でブチ切れ
・「お前とはもう絶縁した母親面するな、教育費目当てなのは判っている
借金まみれで逃げ回ってるお前なんかと住むくらいなら死んだ方がまし、すぐに私の目の前から消えるならお前のだいすきな金をめぐんでやるよ」
・上記の言葉と共に百円をたたき付けて店でた
・人で無しだの誰がお前を産んでやったと思ってるんだとかほざかれたがしらね
そろそろ50の人間
いっそ滑稽だ
日曜日のお昼頃、姉が出かけていたため、この時だと思い、家族と一緒に姉の今後について話し合ってみました。
家族は皆、縁を切る方向で賛成でした。この問題を、もっと早くに考えるべきでした。
何年も、この生活を続けていて、私たち家族は、全体的に姉のとる行動について
おかしいとは思いつつも、やはり感覚がどこか麻痺していたのでしょう。
勝手ながら、このスレのログを家族に見せましたら、
母は「やっぱりそうか…あの子はもう直らない」と項垂れていました。
今後も姉と縁を切る、または施設に入れる…などの処置について、
私たち家族は全力で検討して行きます。お心遣い、有難うございます。
父は手始めに、知り合いの弁護士に相談するために、電話をかけていました。
月曜日に、父と弁護士の方(父の幼馴染です)は、その話をして、また次の休みの日に、
親戚で集めれるだけ集めて話し合いを持つ事になりました。
ちなみに、弟のバンドの件は、すでにいろいろとフェイク済みです。
ご心配くださった方、有難うございます。
今回は、姉がなぜ家にいるかと言うお話を最初にさせて頂きたいと思います。
理由にはなっていないのかもしれないのですが、
姉は、都内や関東の国公立の大学を幾つか受けるも、見事不合格。
「どうして俺を落とすふじこー!!」とふじこり、
私物がなくなったのを、妹のせいにしては殴り、私物が壊れたのを妹のせいにしては殴り、
好きな漫画が休載したのを理由に殴り、打ち切りになったのを理由に殴り、
思い通りの最終回にならなかったら殴り、好きなキャラが死んだのを理由に殴り、
好きなキャラが結婚したのを理由に殴り、トイレの時間が長いからと行っては殴り。
妹が好きなおかずが出たので、普段食が細いのに、珍しくおかわりしようとしたら殴り。
妹の泣く声と家族の怒声が響く毎日だった。
その時点で、親族会議が持たれ、姉は親戚一同から、今後妹に手を出したら縁を切るという話をされていた。
そして、市内にある短大に入学、その後に都内の国公立の学校に編入。
妹も、転んだとか以外で泣くこともなくなったし。
何より、母にも笑顔が帰ってきて、嬉しかった。
大学を卒業する頃になり、「院に進みたい」と姉は言ってきた。
父は、「進むなら進め」と言ったが、結局は進めず、就職にも失敗。
兄が、「アルバイトとかして生活しろ。それからでも就職は探せる」とアドバイスするも、
「俺がアルバイトなんてそんな貧乏人みたいなことなものできるか!!ふじこふじこ」と逆上。
「実際、貧乏人が何を言う。今まで親父とおふくろの仕送りで悠々自適だっただろうが、
後がつかえてんだよ!後が!Cだって今年受験だし、Dもだし…お前ばっかに金かけてらんないの!」
と兄が言うにも関わらず、姉、そのままアパートを引き払って、「就活するから」との理由で、家に居つく。
兄は、給料を自分で使う分とちょっと貯金する分を除いてすべて家に入れていた。
最初は就活しているそぶりを見せていたものの、次第にそれもしなくなって行った。
以後、家族や親戚中から何を言われようとも働かず、食っちゃ寝、食っちゃ寝の生活をしていた。
その生活が始まったころは、両親や祖父母もいろいろ言ったり、伝手で職場を紹介しようとしても、
姉はプライドが許さないのか、それとも働きたくないのか跳ね除け、その度にまた、手を出さないものの、口で妹を捌け口にする。
私が本気でキレて、姉に手を上げたり、刃物を向けてしまったことも一度や二度じゃない。
姉がそういう生活を始めて半年も過ぎないうちに、うちの食卓から、姉の席はなくなった。
食事も姉の分は作られなくなり、夕飯の時間に降りてきても、父は「降りてきてくれるな」と言うようになりました。
「特に、Eが起きている間は顔を合わせてくれるな」とも。
「俺に飯を食わせないなんてネグレクトだふじこふじこ!」と暴れる姉に、兄はいつも冷やかに
「ネグレクトは、自分で責任を負うことのできない年齢の子供にそうする事を言う。
だから、これはネグレクトじゃない、『働かざるもの食うべからず』だ」と、言っていました。
「CとDとEだって飯くってんじゃねぇか」
「Cは毎月決まった額を家に入れてる。
Dはちゃんとバイトしながらちょっとずつでも金入れてる。Eはまだ中学生(当時)だ」
同人誌などは一応売れるので、それで収入を得たり。
そして、そのままの生活が続いて、今に至る…。
今ではEも、バイトをしたりして、家にお金を入れている。
次に、もっと良い治療が受けられる病院が見つかったので、
それに備えて体力づくりを、弟と兄と父と一緒に頑張っています。
もし、その治療が上手く行ったら妹は、バドミントンや野球を思い切りやってみたいと言っています。
そういう訳で、姉は、今現在こうして家にいる訳です。
日曜日、親戚が集められる席で、姉当人に我が家の籍から抜くと言うことが通達されます。
今後は、どうなるかはまだわかりませんが、姉はこの家からいなくなる事が確実です。
それでは今回はこれで失礼します。
いつも申し訳ないです。俺女Bの妹です。
お茶と桜餅、そして【スクルト】【マジックバリア】いただきます。ありがとうございます。
昨日、父の幼馴染である弁護士のGさんと、Gさん宅で両親・兄・私・祖父母で話し合いました。
姉は、録り溜めていたアニメを見ていました。
今度の土曜日に開かれる親族会議へ向けての準備です。
妹は風邪をひいてしまって、微熱があり、拗らせると身体に悪いから外出はさせたくなかったのですが、
弟が、バンドのメンバーの家に一緒に連れて行ってくれてました。
親族会議の日には、風邪の状態が少し良くなったら、一番安全な會祖父母の席に並んで座る事になりました。
(一族の暗黙の了解があるので一応は安全ですが、斜め上の思考を持つ姉に備えて、
そのサイドは柔道黒帯を持つうちの父と、同じく黒帯持ってるラガーメンな兄、
空手有段者の伯父、従兄弟三人が固める事になりました……旧い風習が根強い家系なので申し訳ないです)
とりあえず、籍を抜くことはできないと言われ、では籍を分けると言うことはどうかと言う話になれば、
Gさんの話によると、本人の意思がなければできないと言う事でした。
ですので、精神病院に入院…と言うのが大体の案です。
姉を精神病院に連れて行くのが、先なのですが…どうするかと言う話です。
多分、今まで姉がしてきた事を、お医者さんに告げれば、とりあえずは入院させて貰えるのではないかと思います。
治療が済んで結果如何で、また順を追って決めて以降と言う話になりました。
土曜日が待ち遠しいようで、怖いです。
少しだけ、思い出話と、姉がおかしくなったのではないかと思われる要因等の話をさせて頂きます。
それでも幼い頃は「お姉ちゃん」らしく、よく私や弟と妹の面倒を見てくれました。
私は姉の事が大好きでした。だから許せないのかもしれません。
少しずつおかしくなって来たのは、小学校中学年頃からボク珠にハマり、「前世が…」とか言い出した頃からでしょうか。
それまでは姉は、わがままではありましたが、私と弟、妹には頼りがいのあるお姉ちゃんでしたから。
それまでの写真は兄弟みんな、いつも笑顔で写ってます。
姉がいつも話す前世では私たち兄弟が、月で冒険していて…と言う、子供ならではの空想に留まっていました。
「まぁ、子供の空想ごっこだろう」と両親も思っていたそうです。
その頃はまだ、「仲良」などの少女マンガが大好きで、バレンタインには手作りクッキー等を一生懸命作るような、普通の女の子でした。
幼稚園に入園拒否された妹に、幼稚園ごっこなるものをして遊んであげたりもしていました。
出席確認ノートみたいなのも作って、幼稚園ごっこをする度に、「出席」シールとして、可愛いキャラクターシールを貼ってあげてました。
姉はオルガンを弾くのがとても上手でした。
私や弟の参観日に、両親が来た事は数えるほどしかありません。
いつも姉が泣いて騒いで暴れるので、私が小学校一年生の時から、姉が高校に上がるまでずっと参観日は、
うちの親は、私と弟の授業参観には出ないものと、相場がきまってました。
姉は、かなり大きくなるまで、家族で出かけた先で欲しい物などがあると、欲しい欲しいと泣いて暴れるか、
梃子でも動かないと言ったわがままさもありました。
お陰で、弟と妹は何かが欲しいと駄々をこねた事が、ほぼありません。
一度、小学校に上がる頃に妹は、ピンク色のランドセルが欲しいと、ランドセル売り場で大泣きした事はありますが。
母が、「500円やるから、お菓子を買って来てみんなで分けなさい」と言うと、
兄の場合は、自分の取り分が少なくなったり無くなったりしても、私たちに分けてくれるのですが、
姉は大袋のものを買って来て、私たちに一つずつ、自分は残り全部…と言うわけ方をしていましたし、
兄弟の誕生日ケーキ等も、誕生日パーティをする為に父や母が買ってきたとしても、自分ひとりで平らげるような人でした。
なので、誕生日パーティにケーキやプレゼントがある光景と言うのには憧れていました。
姉の誕生日パーティには、ケーキもすき焼きもプレゼントもあるのに。
一番可哀相なのは、弟と妹です。
誕生日に欲しかったおもちゃなどを買って貰っても、姉にとられるか、壊されるか。
まともに誕生日パーティができたのは、生涯の中で姉が上京していた3年ほど。
ちょうど中学校時代、ボク珠友達というか、オタ友ができて「前世」が加熱し、自称・霊感持ちがプラスされ、
「○○国の王子」と自称するまでになりました。その頃から自分称が「私」から「俺」に変わりました。
姉は中学校入学時点で、167cmあり、体格は比較的ぽっちゃり…と言ったところでした。今のようには肥えてませんでした。
その事から、男役としてふさわしいと、オタ友たちから祭り上げられるようになったようです。
そこから、雄祐薄暑と伏木遊技、光大地やら水平月の天王星に姉がハマりだしてからでしょうか。
完全におかしくなって来たのは。
最初は、鞍馬のなりきりからはじまり、それに伴い、似非関西弁を使うようになりました。
そこから、「多重人格だからww」が始まり、段々と中二病化してきたのです。
その頃の姉と言えば、友達数人とうちで遊んで居る際も、前世の話などで盛り上がっていました。
大声で話していたので、隣の私の部屋にもよく聞こえてきたものです。
そういう話は、また吐き出させていただくと思いますが…。
そこから、同人などに手を出し、オタ友が増えたりサークルが大手になったりで段々と今のような姉になってしまったのです。
一回目の薬略奪事件は、その頃に起こりました。前に報告したものです。
精神病院に入院するのがほぼ確定の姉。
元のお姉ちゃんに戻ってくれるかなと、心のどこかで期待している私が居ます。
俺女Bの妹です。
旧家だからと言ってすぐ対応するとか、厳しいとかそういうのは、偏見だと思います。
悪く言えば事なかれ主義なんです。
漫画とかアニメみたいなのりの旧家ばかりでは無いです。
土曜日、話し合いが持たれた。
最初、Bは暴れましたが、兄に取り押さえられ、少しすると大人しくなった。
親戚全員、反省点があったと思い、その場でそのこともじっくり話し合われた。
八時間に及ぶ話し合いの最後の方で、叔父に諭されたBが言った。
「兄弟みんな大好きだ。自分が気づくのが遅すぎた。甘えすぎていた」
「みんなに言われて、今気がついた」
「最初は遊びのつもりだったのが、だんだん現実とかが解らなくなっていた」
「自分のやる事なすことが全部上手くいかなくて、それをEにぶつけてしまった。悪い事をした」
「本当は弟と妹達が可愛くてしょうがないのに、大人になってしまうCやDを見ていて寂しかった」
「成長するにつれ、CもDも秘密が増えて、もう何でもかんでも『お姉ちゃん』と言ってこなくなったのが寂しかった」
「Eも小さいのに自立し始めてしまい、どうして言いか解らなくなった」
「誕生日プレゼントとかは、おもちゃとかにCとDの関心がいってしまうのが辛くてやったんだと思う」
「Eが病気で苦しんでいるのを見て、どうしたら良いかわからなくなった。
女の自分は臆病だったから、いっそのこと男になったら、ちゃんと助けられるかと思ったが、上手くいかなかった」
「病院に入れと言うなら入る。カウンセリングや治療を受けて、治したい」
その言葉は、たぶんBの本音も混じっていると思う。
姉が大学で専攻していたのは、医療系だから。
姉は今日、病院に行きます。
私たち家族もカウンセリングを受けることにしました。
乙です
旧家云々は自分の知っている事だけが正しいと思いこんでいる人か
絡みに行けないネタ認定カコイイ!厨なので気にしないほうがいいかと
:2008/02/25(月) 08:00:33 ID:qX3fvVja0
乙…お姉さんが上手く立ち直れるといいね。
変な厨も湧いたけど、キニシナイ。
確かそこそこ頭がいいんだよな、俺姉。
俺姉が保身に走り、とりあえず表面上だけ反省した振りをしてる。
と、注意をしてた方がいいかも。
家族だから信じたい気持ちは分かるけど、直ぐに全面的に信頼はしちゃ
早計だと・・・
乙、なんか泣けてきた。
医療系に行ってたって事は心のどこかで無意識にでも「妹のような病気を治したい」とか
そういう気持ちがあったんじゃないかと思う、思いたい、思わせて。
確かに俺女のしたことは殆ど殺人未遂で非常識も甚だしい非人の塊だ。
改心して家族全員で笑顔で居られる日が来るといいと思いつつ
実の所そのレベルでまともに改心した俺女の例は無いに等しい。
その場凌ぎの演技、捨てられたくないばかりに裏面だけ飾っているとい可能性もまだ捨てきれない。
なんにせよこれから変わっていく事を祈ります。
>>538
俺女が自己中なのはどこも同じだ。たいした害がなくて何より。そして乙。
一応丸く収まったみたいで良かった。乙
まぁもしかしたら上辺だけなのかもしれないけど、
少なくともほんのちょっとは本音が混じっていると信じている。
やっぱり家族は、そのままほったらかしとか邪険に扱うとか
しちゃダメだと思った。ひねくれてしまったのも
何か理由があるからだし、それを追及して家族みんなで
解決していくのがベストなんじゃないかな。