誰それが亡くなって残念だとか、悲しいといった事ばか りが続いている気がします。
思い起こせば、B.B.キングの死に端を発し、叔父も母も亡くなり、ここにきて任天堂の岩田社長までもが若くして亡くなってしまいました。
無論、母は著名人ではありませんが、私が敬愛する人々がこの世を去っていくのは寂しいものです(先日の今いくよさんの死もショックでした)。
以前、いかりや長介、忌野清志郎、ジャイアント馬場、ジャンボ鶴田、三沢光晴といった私にとってヒロイックな存在が逝ってしまった(自分達の世代も、そういう時期に差し掛かったのだという実感)折には、やはりショックを受けたものです(若くして亡くなると、尚更、気の毒なことですし)。
それでも、親族といった、ごく身近な人達については意識(覚悟や警戒)が薄かったというか、他人の訃報は対岸の火事程度にしか感じ取れなかったのですから、いい歳して情けないったらありゃしません。
悲しみや寂しさも時が経てば薄れてゆきます。
そうでなければ前へ向かって生きていけないのですから、人間って良く出来ているのか、単なる薄情なのか(苦笑)。
いつかは自分の番がやって来て、遠い未来には、その痕跡、記憶すら残らないであろう現実は、どこか物悲しくもあります。
自身のDNAを繋いでいくことに消極的すぎた自分は、やはり生き物としては弱いのでしょうね (´ε`;) 。
それにしても、続き過ぎだってば・・・。