思考という孤独が、未来を開く

思考という孤独が、未来を開く

統一教会の元信者であり、元信仰二世でもあります。
楽天ブログにアクセスできなくなったので、こちら、アメブロに引っ越しました。

隣町の大きな公園の近くに住んでいたオッチャンと出会ってから、

 2年ほど経った秋のこと。

 

私は女の子の友達と2人で、その公園へ遊びに行った。 

その日はスカートをはき、女の子らしい格好をしていたので、

 かつての“権太郎”が私だとは誰も気づかないだろうと思っていた。

 

公園の中を歩いていると、

 背後から私を呼び止める声がした。

 

振り返ると、あの時のオッチャンだった。

 

オッチャンは目を丸くして言った。

 

「あんた、女の子やったんか!

 それに、大きなってるやないか!」

 

私は慌てて言った

 

「オッチャン、お願いやから内緒にしといてください」

 

オッチャンは笑って答えた。

 

「言わへん。言うたかて誰も信じへんからな。 

それにな、あんたを見かけたら礼を言わんとあかんと思うとったんや」

 

私は戸惑った。

 

「私は、お礼を言われるようなこと、何にもしてへんよ」

 

オッチャンはゆっくりと話し始めた。

 

「定年になってから、2年くらい家に籠っとったんや。 

そんな時に、あんたが謝りに来てくれてな。

 子供らにリンゴを切って持って行ったら、

 あんたらが美味しそうに食べてくれたやろ。

 あれ見てな、

 “家に籠っとったらあかん” と思うたんや」

 

そして続けた。

 

「そしたら町内会から 

『お宅は子供が好きみたいやから《こども110番の家》になってくれ』 

って頼まれてな。

 毎日、暇やったのに、用事ができて、

 仕事しとった時と変わらんくらい楽しく暮らしとるんや」

 

私は言った。

 

「よく分からんけど、オッチャンが楽しく暮らしてるんやったら、私も嬉しいです」

 

オッチャンは笑って言った。

 

「友達が向こうで待っとるんやろ? 

オッチャンも辺りを見回ってくるわ。

 おおきに。またな」

 

そう言って去っていった。

 

私は友達とブランコに乗り、ベンチでおしゃべりをして、

 その後、家に帰った。

 

 

■「人の運命を変える」という言葉の意味

 

私は昔から、

「あんたは人の運命を変える」

とよく言われていた。

 

良い方にも、 

そうでない方にも。

 

しかし私は、 

誰かの運命を変えた覚えなどない。

 

ただ、

その場で“正しいと思う行動”をしただけだった。

 

けれど、 

その小さな行動が、 

誰かの人生の流れを静かに変えることがある── 

オッチャンとの再会は、それを教えてくれた出来事だった。