フライングキッド市原オフィシャルブログ

フライングキッド市原オフィシャルブログ

徳島県出身プロレスラー第1号
「みんなの夢をのせて飛ぶ男」

徳島市内で
ムーンサルトという
お好み焼き屋を経営しています☆
「ムーンサルト」
徳島市福島1丁目9ー12
088(625)7987


$フライングキッド市原オフィシャルブログ







和歌山白浜に
行ってた
イラストレーター
Sさんから

お土産に
紀州銘菓
「かげろう」を
いただきました~
いつも
お気遣い
ホントに
ありがとうございます


少林寺Tさん

広島から
隔週で
来てくれる
Jちゃんに
お裾分けしました~
「感謝」


和歌山県白浜の
プロレス
イベントに

ムーンサルトの
ブースを
出してくれてた

イラストレーター
Sさんが

昨日
ランチを兼ねて
報告に
来てくれました〜
大仁田さんも
グッズ売店
ブースを
出していたらしく

色々
話す機会があって

Sさんが
作成してくれた
ムーンサルトの
パンフレットも

大仁田さんに
渡してくれました〜
そして
内容は
ヒ·ミ·ツだけど?(笑)

大仁田さんから
俺に
嬉しい伝言がアリ

俄然
やる気スイッチが
入りました〜

Sさん
グッジョブ
お疲れ様でした〜
「感謝」


タイガー
ジェット・シンが
久しぶりに
来日して
話題になってますネ

子供の頃
猪木ファンの
父親の影響で

初めて
プロレスを
見たのは

アントニオ猪木
VS
タイガー・ジェット・シン
でした

プロレスと言うより
なにか
喧嘩を
見てる様な感覚で

子供心に
シンは
物凄く
悪い奴って
イメージでした
そんな
タイガー・ジェット・シンと
IWA時代
試合をした事が
あります

何も出来ずに
5分ぐらいで
必殺
コブラクローで
負けたけど

今でも
大切な思い出です

俺が先に入場して
タイガー・ジェット・シンが

客席を
荒らしながら
入場してくる姿を

リング上から
見てたら

子供の頃を
思い出して
不思議な
気持ちになりました〜

その姿は
まさに
「インドの狂える虎」でした
「感謝」


本日
和歌山県白浜で
開催される
プロレスイベント
(入場無料)に
イラストレーターSさんが
ムーンサルトの 

ブースを
出店してくれまーす
そこで
お客様に
配る為に

ムーンサルトの
パンフレット?
小冊子?を
作成してくれました
とても
良い感じに
出来上がって
マッスル

流石Sさん
ムーンサルトにも
数冊
置いてくれたので

お好み焼を
焼ける間に
読めるので

皆さん
是非読んでください
Sさん
いつも
ありがとう
ございマッスル(⁠^⁠^⁠)
「感謝」


基本的に
ムーンサルトの
お好み焼は
俺が
焼いてますが

たまに
自分で 
焼いてみたいと
いうお客様が
います

そんな時は
ムーンサルト
プレス以外なら

もし失敗しても
それはそれで
楽しい
思い出になるので?(笑)

お客様に
焼いてもらいます

昨夜
来られた
2人組の
お客様も

今度
ホームパーティーで
みんなの前で
お好み焼を
焼く事に
なったので

自分で
焼きたいと
リクエストが
あったので
お任せしたら?

とても
研究熱心な方で

〇〇はダメですか?
△△は反則ですか?
☓☓は邪道ですか?と

色々
質問されたけど

詳しい事は
分からないけど

そもそも
お好み焼の
語源は
諸説あるけど

好みの物を
何でも入れて
焼いたから
お好み焼

自分もそう思います

だから
その
お客様にも

他所の
お好み焼屋は
分からないけど

少なくとも
ムーンサルトの
お好み焼は

何でもアリの
デスマッチですと
説明しました(⁠^⁠^⁠)
「感謝」


イオンモールで
買い物終わり
マクドナルドで

·フィレオフィッシュ
·ホットコーヒー

美味しく
いただきました~
「感謝」





水曜日のランチは
マッスル★アカデミーで
トレーニング後
「千代田食堂」で

・ヒレカツ
・鶏モモ炒め
・玉子焼き
・きんぴらごぼう
・ごはん(大)
・お味噌汁


ガッツリ
いただきました(^^)
「感謝」




Aさんと
色々
話していて

自分が
初めて
ファンレターを

もらった
時の事を
思い出しました~

デビュー
したばかりで

めちゃくちゃ
嬉しくて
毎日
読み返してました(⁠笑⁠)

当時
ファッションで

セカンドバッグや
ウエストポーチが

流行っていたので

いつでも
読めるように
常に
バッグの中に
入れてました(⁠^⁠^⁠)

厳しい練習や
大仁田さんの
付き人等

大変な日々
だったけど

こんな俺にも
応援してくれる
人が
いるんだなぁと
励まされました〜

ちなみに
これは
ちょっと自慢(笑)

一番
手紙を 
もらってたのは

メキシコから
帰国した頃

当時は
巡業の
シリーズ
開幕戦の日と
最終戦の日に

会社の人が
事務所に届いた
ファンレターを
持って
来てくれるけど

当時
俺は
紙袋や段ボールで
もらってました〜

さすがに
返事は
書かないけど

全て
きちんと
読んでましたよ〜

今は
SNSの時代で

選手と
ファンの距離も
かなり
近くなったけど

あの
一方通行の時代も
懐かしいネ(⁠^⁠^⁠)
「感謝」


少林寺Tさんと
最後は
いつも
この話題で
盛り上がります
「生涯現役」

お互いに
絶対に
やめずに
現役でいましょうと
いつも
励まし合ってます

やめるのは
ホントに簡単

明日から
いや
今すぐやめれます

現役でいる間は
絶対に
緊張間が
違います

大袈裟に言えば

生き方
生き様が
違ってきます

正直
ここ数年は
ほとんど
試合を
してないけど

それでも
気持ちは

毎日
プロレスラー
フライングキッド
市原として
生きてます


そして
俺には
やめられない
理由が
ふたつあります

ひとつは
子供の頃から
プロレスラーに
憧れて
憧れて憧れて

それでも
ホントに
遠い世界でした


新日本プロレスに
履歴書を何度
送っても
返事はないので

巡業で
新日本プロレスが
徳島に来た時に

スポーツバッグ
片手に
入門テストの直訴
したけど

身長が
足りないので
相手にしてもらえず
焦ってる時

浅井さんが
単身
メキシコへ行き
デビューした
記事を見て
希望の光が見え


大仁田さんが
FMW旗揚げ

そして
入門テストに合格

心の底から
「やったぁー」って(笑)

あの日
遂に
プロレスの
世界に
入門出来た

気持ちを
思い出したら

簡単には
やめられません

そして
もうひとつの理由

あの頃は
今では
考えられないけど

年間100人以上
入門希望者が来て

毎日のように
道場で
ターザン後藤さんが
厳しいテストを
してました

でも
せっかく
合格しても

だいたい
3日ぐらいで
みんな
居なくなります

早い者は
午前中の練習で
「ムリです」って(笑)

黙って
逃げる奴が
ほとんどだけど

当時
俺は
FMW合宿所の
寮長してたので

中には
辞めたいと
相談してくる者も
いたので

そんな時
いつも俺は

「諦めるな」
「もう少し頑張れ」
「お前の夢はその程度か?」って
励ましてました

それは
ある意味
そいつにじゃなく

自分自身にも
「頑張れ」って
言ってました〜

それくらい
厳しい世界でした

別に
カッコつけてる
訳ではないけど

いつからか
リングに向かう前

精神統一してる時

気が付けば


そんな
夢半ばで
散って行った
人の分の

夢も一緒に
背負って


リングに上がる事を
意識するように
なりました

だから
そう簡単に
やめる訳にはいきません

「生涯現役」です
「感謝」


イオンモールで
買い物終わり

ミスタードーナツで
·ポン・デ・ザクショコラ
·ポン・デ・ダブルショコラ
·アイスコーヒー

美味しく
いただきました~
「感謝」