ゴールデンボンバーが 似たようなタイトルの曲を歌ってましたね。

先月 母が
「ほら、この写真!姉さんの若い頃と
私のお母さんだよ。」
と見せてくれました。
セピア色の写真には 江戸時代かと思うような
日本髪に着物姿の女性が二人。
セピアなせいか とても色白とは言えない二人。
立派な富士額・・・。
姉さんらしき人は 眉が毛虫で 美人とは程遠い。
笑い顔が緊張のあまりひきつり 泣きそうな顔をしていたので
お母さんの姉さんは 面白い顔してるねと笑っていたら
「何がおかしいんだい?
あんた、死んだ姉さんにそっくりじゃないか。」
と 写真でペチペチ頭を叩かれました。
向こうでは父に似ていると言われ
そちらでは母に似ていると言われ
こちらでは死んだ伯母に似ていると言われ
スーパーでは 全く知らない人に 心霊写真のお祓いに出てくる、ほら、あの人!
似てるよねと言われ
いったい私は 誰なんだろうと悩んでしまいます。
おはようございます。
昨日はクリスマス。
クリスマスイブだろうがクリスマスだろうが
私には関係ありません。
姪達のお年玉を入れて わざとボンドで封をし
土曜日の一周忌、日曜の四十九日と
恩師の御霊前と、母や妹の分まで書いて入れて封をしてのクリスマス。
ひと味違うメッセージカード。
二人からはきっちり集金しないと、と手帳に書いて
その手帳の上にメガネを置いて
昨日からメガネが行方不明です。
どこを探しても 出てこない。
不思議な事もあるもんです。

そうそう、今年は新しくテレビも買いました。
自分へクリスマスプレゼント。

「アンドレ、自分でテレビを買ったのか!
この私にひとこと言えば パリ中の電器店に
値段交渉をしてやったのに!」


「オスカル、気持ちは充分だ。
俺のような身分の者には 黙っていても安くしてくれたよ。
それもとびきりな。フフッ。」

こうして 時おり呟く独り言。
若作りをして 妹から冷たい視線を浴びる49才。
クリスマスプレゼントを
自分で自分に買うという寂しい2015年。
その2015年ももうすぐ終わり。

来年は どんな年になるかしら。
暖房で 暖められた脳が フワフワと
いろんな事を想像するの。
ほら、ロバに乗った中年王子が
熟れたリンゴをさがしてるわ。
私は塔の上から長い長い白髪をたらして
私を食べてと合図をしたの。
ちょっと迷った中年王子は 仕方なく白髪を手にしたわ。
よっしゃ!
逃すものかと引っ張りあげたの。
髪に栄養が不足していたのね。切れちゃった。
次にここを王子様が通るのは何年先?
もう、私 熟れたを通り越して腐ってるわ。
なんて 妄想していた ある西陽が眩しい金曜日。
宇宙防衛ステーションの事務局員をチラッと見て
「ねぇ、あの人は どんな人?いい人?悪い人?」
と聞いてきた患者さんがいました。
めっちゃ良い人と言えば
何かあった時に 嘘つきね、あんた 良い人じゃなかったわ!
と言われるし
悪い人と言えば 悪い噂が飛び交うだろうし
まず、悪い人ではないので
「あ~、あの人ね。ん~ただのバカかも。」
と言ってしまいました。
「まあ、バカなの?あははは。
背が高いし、体格も良いし、笑わないし
あまり話す事もないし どんな人なのか知りたくてね。
でも、バカってどのくらい?」
難しい質問です。
母が私に ねえ、お父さんとお母さん
どっちが先に死んだ方が良かった?
と聞いた時ぐらい難しいです。
思わず口を濁すと
「わかったわ、言えないくらいなのね。」
聞きたがりは困ります。

聞きたがりといえば こんな事がありました。
病院の玄関前で電話をしていたある日。
よくお野菜を持ってきてくれる人に会いました。
「野菜持ってきても たまにいないときがあるね。
それ携帯だろ?番号教えて。」
いや、その、これは・・・。
さっきまで電話していて これは電卓とも文庫本とも言えず
少し押され気味に教えてしまいました。
ある日 留守電が入っていました。
「今日は お饅頭をありがとう。あんなことをしなくていいから。
うちはね、畑でとれたものを分けてるだけなんだからね。
僕にはね、好きって言葉だけでいいんだよ。電話してね。」
・・・・・・・留守電を聞きながら
ねえ!留守電ってどうやって削除すんだっけ!♯押すの?1押すの?教えて!と
職場の人に早口でまくし立て
すごく動揺してしまいました。
まず、私 お饅頭なんて持っていかないし。

そして 極めつけは
母の受診で仕事を休んでいた翌日。
昨日、いなかったね。寂しかったよ。
髪に何かつけてる?ツヤツヤしてるね。
と、顔に近づき
いい匂いだね、と言った時。
車イスのおばあさんの膝に倒れそうになりました。
お願いします。
80才過ぎてるんだから
可愛いおじいちゃんでいてください。


そんなこんな12月。
雪の降らない12月。


今年の冬は あったかいみたいです。
ま、結局 私も人だったって事ね。
あ!こんにちは。
すみません、独り言です。何言ってんでしょう。

すこぶる元気な口と 弱る体のバランスが
今一つ うまくとれてないような10月も過ぎ 浮わついた気分の11月の始め。
なんか良い事ないかしら。
今 誰かから メールかラインきたら 私すっかり元気になるのに。
呪文でも唱えてみようかしら。
エコエコ アザラシ・ゴマゴマ アザラシ。
と、ロウソク・・・いや、ストーブに火をつけ
鍋に水を入れ 蓋をしたら シャリ~ン。
あらっ!ラインじゃないの!
あの人かしら!それともDHCの玉川ヨシ子さんかしら!
あの人って誰かしら?!どの人かしら?!
バカじゃないかと
きっと ブログ読みながら 苦笑してるはずよ。
又々独り言を言いながら這いずりスマホを開くと
《今から 犬連れて行く》妹からでした。
なんだ、妹か。え?妹?!
ゴロゴロなんてしてられない!
リビングのカーペットを外に干し(毛だらけになるから)
お菓子や果物を高い所に置いて
たたんでおいたパンツは引き出しに入れる。
(前にパンツを咥えて返してくれなかったから)
そんなことをしているうちに やってきました。
車が大嫌いなので 着いた時は元気ありませんね。
よしよし、気持ち悪かったですか?
おばちゃんが 水でも入れてあげましょうね。
水道水じゃないですよ?水素水ですよ、ほら。
あんたんちじゃ、こんな水は飲めないでしょ?
と床におろした瞬間。
水素水の入った入れ物を蹴り
廊下を走りUターンして飛びついてきました。
とにかく、人が好き。食べるの好き。
キッチンでまな板を包丁でコトッと音でもさせたら
腰にしがみついて ちょうだい、ねぇ、ちょうだい。と
ウルウルする目で見つめてきます。
妹は、お座りだとかお手だとかしないと
食べさせませんが
私は そっと口に入れて甘やかしては
よしよししてやります。
だからうちに来たら、私と とんがりコーン大好き(だとおもう)
暴れて遊んで帰っていきました。
そんなある日 帯広のお友達から
ジャガイモとカボチャがやってきました。
この秋、名寄に帯広にごちそういただいてます。
丹波の枝豆もいただきました。
皆さんありがとうございます。

又々グラタンしちゃいましたよ。


めっちゃ美味しい!ジャガイモホクホクです。
なので ポテトチップスも作りました。




そして、バナナ特売日だったので
無調整豆乳、バナナ、小松菜でスムージー。


この色、たまりませんね~。
どんな味でしょうね~。
前にキャベツで作ったら 顔から濡れた草むらに
落ちたようなニオイがしましたね~。
まずは一口。なかなか、おいしいじゃないですか!
バナナの甘さが ほどよくきいて飲みやすいです。



後ろの方で笑顔でベースひいてる
ネイザン・イーストが 可愛くてたまらない!
髭もなくなり全体的にツルッとなって
最近若返っているように見えます。

で、EWFの歌ってる左のおじさん。
ラルフジョンソン。
昔、学校にこんな男の子いたなあ~。



来月、クリスマスじゃんかよ。
土曜日、朝早く思いついて山に行ってきました。
山についてPurple_Hazeさんが亡くなった事を知りました。
もう とっくに寒いはずの山なのに
優しい風が頬を撫で
暖かい日差しがそそいでいました。
それを感じ 少しホッとして
ぼやける目でシャッターを切りました。

2013年5月。彼は体の不調で検査をし
膵臓癌がみつかります。
それから先週土曜日まで 毎日を
一生懸命生きて 家族に見守られ旅立ちました。

これは ブログから抜粋しました。

【当時56歳と4ヶ月、漠然とあと20年は生きるだろうと何の根拠も無く思っていたけど現実は違う方向に向かおうとしていた。
初めて死というものを自分自身の事として考えるが、不思議なものでどこか現実感が無い。
でも、この日を境に俺と俺の周りのいろんな事が大きく変わった。
少しでも長くこのがんと共生して行くことが今の目標だけど、現実は不安でいっぱいの自分がいます。
正直怖いし心が折れそうになることはしょっちゅう。
ここ最近の体調が良くないこともあって、余命を超えて生き延びているということは悪い方に向かう時期がだんだん近づいて来ているんじゃないかとついつい考えてしまいます。
でも僕にはやらなくてはならないこと、やりたいことがまだまだ沢山ある。
家族、友人、バンド仲間、職場の同僚、このブログを通じて出会ったみんな、医師、看護師さんを始め周りのたくさんの人たちに支えられていること。
大好きな音楽がいつも一緒にあること。
それが僕の大きな力になっていることに改めて感謝したいと思います。
人間誰しも明日のことはわからない。
それであれば目の前の一日一日を大切に生きていきたいと思います。
でもきっとまた弱音を吐くと思うけど・・・(笑)】
毎日、ふぁい!と皆に元気を届けてくれましたね。
そして必ずお昼は愛妻弁当の写真。

そして辛い治療をしながら
迎えた戦後70年のブログから。

【敗戦から70年。
僕の父は学徒動員の招集の前に敗戦を迎えました。
戦中母は満州の新京に両親と兄妹7人で暮らしていましたが、戦況が悪化して新京が危険になったため両親と離れ通化に疎開して子供達だけで敗戦を迎えました。
敗戦から1年後に10歳だった母は16歳だった長女に連れられて兄妹7人で日本への帰国団と一緒に通化を出発。
途中まだ幼い末の妹が肺炎を患い医師から安楽死を勧められても長女はそれを頑として聞き入れず、末娘を背中に背負いながら奇跡的に7人全員を日本まで連れて帰ったそうです。
母方の祖母はその後なんとか帰国しましたが、祖父は満州からシベリアに抑留された末に僕が生まれる前病気で亡くなりました。
(日本の病院で最期を迎えることが出来たのは幸いでしたが)
子供の頃に何度も聞かされたその話はリアルな実体験だけに、書籍やテレビで描かれた満州からの帰還の話以上に過酷なものでした。
僕が子供の頃は街に出ると片足の無い傷痍軍人が路上で立っていたりして戦争の記憶がまだあちこちに残っていました。
だから僕は70年間一切戦争をしてこなかったこの国を誇りに思っています。
そして子供たち、孫たちの世代までずっと日本は戦争をしない国であり続けて欲しいと願っています。
それが世界の平和に向けた日本の役割だと思います。】

私も同じ思いですよ。
いつか私もそちらに行くでしょう。
その時に 平和な日本でしたよと
報告できるように 思いを受け継いでいきますから。

さて、何年も訪れていなかった山は
道路が舗装され、山肌にはネットがはられていました。
登山客やツーリング、いろんな人がたくさん来て
紅葉かと思えば 帽子や上着の色で賑やか。
こんな所にサイクリング?!
自転車もいたりして 又びっくり。
びっくりと言えば 咲いてる桜にびっくり。
不思議な桜。
もしかしたらPurple_Hazeさんが見せてくれたのかも。


少しずつ紅葉もはじまったようです。




そして 加工もしていないのに
なんともいえない写真の色。



Purple_Hazeさん、安らかにね。