自由に生きようと思うなら思うほど
セルフプロデュースは大事で
まして、ネットという
自己を肥大化させる媒体を使うのであれば
なおさら必要だと思う訳です。
そして
結局は
自由なんかじゃなくなるのかもしれないけどね。
そのへんは、楽観的に。
実際の自分自身より
もっとずっとおもしろい架空の存在が作り出せるとも思うから。
「蟹飛行船」は
わたしたちの一部を切り取って
そこに興味を持ってもらわないといけない。
だから、
自分自身の
どの部分を
どういうふうに見せたいか
考える必要はあると思います。
さっきふと思ったのは
「めっちゃ可愛い」「謎のお人形さん」的な
役割を担う人がいるといいかもね。
もちろんそれはくみちゃんに笑。
それはネットだからこそできることだから。
やべーこの子、まじかわいいよ、
でも何考えてるかわかんない。
それだけでも話題性を持つよね。
相対性理論のやくしまるえつこを想像して。
(くみちゃん知ってるかな?youtubeで見れると思う☆)
わたしは
・エッセイ
・一分映画
の二つで勝負して行きたいかなと今のところ考えてます。
動画のせるって結構大変かなーって思うけど。
一分映画は
わたしが脚本、監督やって
司に撮影してもらいたいな。
トマト投げつけてるだけなのに
どうしてこんなに美しいんだ―みたいな作品ができたらなぁw
やりたいことは、
一人の芸術家の美術館的なものを
三人まとめてネットでギャラリーとして見れる、みたいな感じだよね?
美術館のように型苦しくなく
ひまつぶしにもなるようなもの。
難しいな。
なんかさ、
「ネット上で話題、三人の謎の生命体」みたいな
売り出し方を考えるなら
エッセイも
ベランダの朝顔について、
とかじゃだめだと思うし。
でも、
司の家族写真を売り出していくなら
やっぱり全体的に温かい方がいいかも。
どう売り出していこうかな。
そもそも「蟹飛行船」って
蟹工船を思うほどどんづまりになりかける場所に
ちょっと視点を変えて
いいじゃん、飛んじゃえっ!
っていう感じだっけ
なんだかわけわからんくなってきた。w
話しあいたい。
10000時間の使い方は大事ね![]()
わたし小説家としては、
一万時間もかけてられないから、
なんとかそこを三年でやりとげたいよ。
三年で何か大きな賞を獲りたい。
十年書けばっていうのは本当にそうだけど、
十年間どうやって生活するのかとか考えると
才能をフルに動かして三年で頑張りたいな。
もっと芝居に可能性があるのなら
芝居の方がやりたいけど
自分の才能をお金に変えたいなら
わたしの場合は文章を書く方が
可能性があると思うから、
やっぱり書き続けよう思ってるの。
今のままでは無理だけど、
努力すればきっといける、と
ダメだった新人賞の評価をみて手ごたえを感じたよ。
くみちゃんにも太鼓判押してもらったしね♪
でも芝居も投げられない。
欲張りよ。
小さな幸せの積み重ねで
大きな夢を少し笑って見てあげられればいいけど
それが出来ないから
それが出来る余裕をも密かに持っている
つかさの作品が素敵だと思うよ。
芝居の件は、
また連絡するね!






