My Musical History The Mafiaのころ_3

 レコーディングの前日に、渋谷の、今はなき"Live Inn"というライヴハウスに行く。ここはロン・ウッドとボ・ディドリーが出演したこともある、クアトロくらいのキャパのハコだ。その日は、ニューロティカやゾルゲなどのバンドが出演していた。最後に演奏したバンドには、長髪をウニのトゲのように立て、派手なアクションをキメるドラマーがいた。ヴォ-カルはスキンヘッドのおっさんだ。ハードコアな音に乗せ、「のむヨーグルト」みたいな意味不明の歌詞を叫んでいた。聞くと、セッションバンドみたいなものらしい。いろいろなバンドのメンバーが集まってこの日限りのステージをやったのだと言う。

 これが俺のライヴハウスデビューである。

 さて、レコーディングだ。場所は大塚ぺんた。6時間だか8時間だかのパックでスタジオとエンジニアを押さえ、2日がかりで4曲を録音するのだ。
 曲は"Almighty Baby" "1988" "Teenage Gang" "Blusie Rider"である。
 まず、ドラムの音決めだ。ライヴハウスの演奏であろうが、レコーディングであろうが、ロックの音録りは、キックの音を真っ先に決めていくのである。この瞬間、はじめてブースの中の孤独を体験する。ガラス越しのコントロールルームでは、DungとK氏の指示(指示といったって抽象的なことしか言えない高校生だが)で、ミキサーの方が音を作ってゆく。こちらには、ヘッドホンからたまに声が帰ってくるだけで、自分の出している音以外、何も聴こえない。笑われていてもわからない。こちらは、必死で緊張と戦う。
 ドラムの音が決まり、ベースのセッティングをする。ドラムとベースの2リズムでベーシックトラックを録り、後からギターとヴォーカルをかぶせてゆくのだ。録音前に何度かリハーサルをやるが、ヴォーカルとギターが聴こえない状況では、曲の進行を把握するのが難しい。譜面とも言えないメモ書きを見ながら叩くが、俺もベースのカズも間違いまくる。そして、慣れないヘッドホンだ。確認を終え、録音を開始するが、俺かカズのどちらかが必ずと言っていいほどトチるので、演奏内容そのものよりまずちゃんと演奏できたテイクがキープされた。現在と違い、デジタル録音なんて夢のまた夢である。オープンリールのテープが回り、消され、また記録される。パンチイン(途中から録音すること)という技術は知らないし、そんなことが出来るほど演奏者は器用ではない。
 曲によってはウメさんのリズムギターも参加し、リズム録りは進む。ここで、Dungがアイデアを出した。「レコードにイントロとして、リハーサルをやっているような音を付け加えたい」
 そこで、そのような音を3人で録音することになった。と言っても、ドラムは適当に叩くだけである。ウメさんはDungの指示で、"Kill The Teacher"という曲のリフを弾く。俺がはじめてThe Mafiaに接した曲だ。

 休憩時間に、スタジオに置いてあるピアノを弾いてみる。"Teenage Gang"のイントロをアレンジして弾くと、「ドラマーでピアノが出来るなんて、YOSHIKIみたいだな」と言われた。
 YOSHIKIという名前はまだ知らなかった。が、実はYOSHIKIそのものは前日に既に観ていたのである。