イグ・ノーベル賞の世界展 | Flying Beauties -美女空中浮遊体験集-

イグ・ノーベル賞の世界展

東京水道橋、東京ドームシティの一角でイグ・ノーベル賞の世界展という名の展覧会が、期間限定開催中です。
イグ・ノーベル賞とは、「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究」に対して毎年賞を与えているもので、裏ノーベル賞という異名も持ちます。本家ノーベル賞にはちょっと縁のなさそうな、一見バカバカしい研究が日の目を見る大きな機会となっており、毎年日本人受賞者が出ることでも知られています。


この展覧会に、月面の重力を体験できる装置があるという噂を聞きつけました。
もし月面に池があったなら、低重力ゆえその水面を走って渡ることが可能かどうか、プール上に人間を吊り上げてホントに実験し、イグ・ノーベル賞を受賞した研究者がおりまして。その実験を再現しようという展示だそうです。


Twitterにはこんな写真がありました。



このツイートは展覧会を取材・紹介したラジオ番組の公式アカウント。体験している女性はリポーターの柳沢怜さんという方だそうです。局のホームページにもブログ風の体験記がありました。
このようにハーネスを着用して吊り下げられ、実際にうっすら水の張られたプール上を跳び渡ります。
これはなかなか貴重な体験。かつ楽しそう


というわけで結論からいえば筆者、先日現地に足を運んで参りました!
別件で近く(といっても単に都内というだけで近所ではない)に行く用ができたので、そのついでに寄ってきたという流れです。そうでなければ行かなかったかもなあ(理由は後述)。


まず別件の予定を消化し、その時点で時間が余っていたら帰りに足を曲げようという計画だったので、直前になるまで行くか行かざるかを確定できず、よってチケットも当日調達ということになりました。
公式サイトによると、前売券は大人1枚1,200円、当日券は同じく1,400円ということになっているようです。前売券はセブンイレブンやローソンチケットなどで購入できるのだとか。
筆者、普段はコンビニのチケットサービスなんてほとんど利用することはないのだけど、そういえば有明そらスタジオのチケットはこうやってコンビニで買ったんだっけ、とか古い話を思い出しつつ前売券を買おうと思ったら、あろうことか当日券しか売っていない!
なんでや?
と、何度か端末の操作をキャンセルしてやり直したりしつつ存分にいぶかしみながらも、他に打つ手はなし。1,400円払って当日券を購入したのでありました。どうやら前売りというのは展覧会開催期間よりも前に売られたチケットを指していた模様。後からネット検索してわかったことだけど、この展覧会の開催は少なくとも2ヵ月前にはすでにアナウンスされており、チケット販売はその頃から始まっていたのですよ。
そらスタジオの時は確かそうではなかった(当日会場で購入するチケットのみが当日券で、そうでなく事前購入したものはすべて前売券という扱いだった)だけに、てっきりそれと同じ形なのだろうと思ってました。すっかり騙されたよ、モウ。
しかしそうならそうで、公式サイトの「前売券1,200円」の記述はイベント初日以降は意味を持たなくなるのだから、ただちに削除してくれりゃよかったのに。あるいは「※前売券の販売は終了しました」みたいな注意書きを付記してくれりゃよかったのに。
たかが200円の話とはいえ何か無闇にorz的気分になった、これがケチのつき始め!


※この記事の執筆のために再び公式サイトを見直してみたら、「前売券1,200円」の記述はありませんでした。最近になって営業時間を変更したことが記されているので、この追記にともなって入場料表示も改めたのか、そもそも公式サイトには最初から前売券の価格など書いてなかった(他のサイトの古い記述を見て公式情報と勘違いしてしまった)のか、今となってはわからなくなってしまったよ……。

展覧会の内容はというと、基本的にはパネル展示のみ。パネルとはつまり、過去にイグ・ノーベル賞を受賞した研究の内容を少々の写真や挿し絵とともに文章をびっしり並べて記したパネルのこと。要するにイグ・ノーベル賞を紹介する書籍のたぐいを切り抜いて拡大コピーして壁に貼っているようなものですね。
それぞれの研究内容が面白いか面白くないかと言われりゃ、そりゃけっこう面白いんですよ。ただ、それらをスクラップブックのごとくまとめただけの展示に、入場料1,400円に見合う価値があるかと問われたら……どうだろうかなあ? ウェブを探せば、「イグ・ノーベル賞受賞研究まとめ」みたいなサイトが見つかって、無料かつ家にいながらにしてそのすべてを知ることだってできそうな気もするし。
とりわけ筆者、実はEテレの『サイエンスZERO』を毎週見ていたりする結構な科学好き人間。同番組では毎年のようにイグ・ノーベル賞が取り上げられてることもあり、この展覧会で紹介されていた研究群の大半や授賞式の様子などはとっくに既知の情報でした。そういう理系志向で予備知識多めの人種ならなおさらのこと、ただのパネル展示だけでは満足感が薄まるわけですわ。
以上は事前にネットでこのイベントを知った当初から感じていたことであり、だからこそ筆者としては、たとえ楽しそうな月面歩行体験装置があったとしても、積極的に「行きたい!」という気持ちにはなれなかったのですよ。1,400円の価値がありやなしやという問題ならともかく、横浜在住の筆者が自宅から行って自宅に帰るなら往復交通費など込み込みで3,000円近い出費になるのは必至で、それに見合うか否かを考えれば、答えはおおむねノーでした。
筆者の場合、前述のようにたまたま都内へ赴く予定ができたため、その帰りに寄れば交通費負担は数百円程度の追加分しかかからないと考え(入場料だって最初は1,200円のつもりだったし)、気分的になんとか折り合って行く気になった、というのが正直なところだったのです。


とにもかくにもパネル展示を丹念に読みながら順路を行くと、やがて見えてきた月面歩行体験装置
何しろ大半があっさりとしたパネル展示のみで占められた展覧会。体験型の展示は数点しかなく、しかもそのほとんどは乾燥パスタ(スパゲティ)を手で折ってみるとかいうような小ぶりなネタばかり。あるていど大がかりな装置はこの月面歩行しかないぐらいなのにあんまり目立ってない感じがするのは、会場の隅っこのほうに設置されているせいなんでしょうかね。スルーしてしまうお客さんも少なからずいるようです。


見ると、構造はシンプルながら、ある意味で本格的な装置だといえます。天井にレール状の構造が作ってあり、その上を走る車輪つきの板に定荷重バネが固定されています。むろん板はレール上を自在に水平移動できるわけです。定荷重バネについては当ブログの過去記事でも少し触れましたね。バネの伸び具合/縮み具合にかかわらず常に一定の力で対象を引っ張り上げられるような仕組みです。通常のバネやバンジーゴムより現実に近いリアルな重力をシミュレートできるものの、各地の科学館などにある月面重力体験装置にはまったく採用されてないというシロモノです。
なぜ採用されてないのか? それはおそらく、この機構にはちょっとした問題があるから。その問題は、今回の展覧会でもすでに露呈しているようです。
たとえばこの機構を使い、体重42kgの人に月面重力を体験させるにはどうするか? 月面では体重が1/6つまり7kgになるはずなので、35kgの力で吊り上げる装置にすればいいわけです。が、その装置を体重72kgの人が使えばどうなるでしょう? 吊り上げ力35kgでは体重の半分にも満たず、つまり1/6重力どころか1/2の重力すら実現できず、月面歩行とはほど遠い体験になってしまいます。
逆に体重72kgの人に合わせて吊り上げ力を60kgに固定してしまうと、体重42kgの人は体重をはるかに超える力で吊り上げられ、足が地につかず、ただの宙ぶらりんになってしまうわけですね。
ウェブを探索すると、実際にただの宙吊りに終わってしまっただけの女性の体験談も、いくつか見つかります。会場には装置の参加条件として「身長155cm180cm/体重45kg80kgと掲示されてあり、そのへんおそらく厳密な制限ではなく多少の融通が利くものと思われますが、どのみち小柄な女性がまともな月面体験をできない点は融通のしようがありません。
体験者の体重に応じ吊り上げ力をフレキシブルに変化させることができない。それがこのシンプルな機構の弱点なのですよ。変化させるためにはいろいろ複雑な仕掛けが必要になると思われ、それこそ各所でこの機構が採用されない最大の理由なのでしょう。


しかしね、今回の場合はそんな複雑な仕掛けなど必要とせず、問題解決できたんじゃないかな。
レール上の、定荷重バネの固定された車体。それに、それぞれ張力の異なる定荷重バネをあと1つないし2つ追加設置し、体験者の体格に応じ切り替えて使えばいいってだけのこと。さほど手間も費用もかからなかったはずなんだがなあ。


さて筆者ですが、適正体重だったのでかなり快適な月面歩行ができました。これまで各地の科学館などにあるムーンウォーカーをひととおり経験してきましたけど、定荷重バネを利用した装置は初体験。その浮遊感は通常の装置とは一線を画しており、想像以上のリアリティがありました……というのはもちろん、多くのムーンウォーカーを知っている者にしか実感できないものだけどね。
ただ最大の問題は、とにかく体験時間が短い
水の張ってある部分は距離2メートルに満たない感じで、その気になって大股で跳ぼうとすれば1歩で通り抜けることも不可能ではなさそう。通常なら2~3歩。慣れない月面重力に戸惑いつつちょっと勿体つけながら跳び渡っても6~7歩を超えることはないでしょう。時間にしたら片道わずか数秒に過ぎないんですよね。これを往復しても10~15秒程度で、ハーネスや長靴の着脱などにかかるもろもろの手間や時間の大仰さに比べ、本番があまりにもあっさりしすぎ。
なので、この記事を読んでこれから体験される方は、あまり自ら前に進もうとせずその場でジャンプを繰り返すぐらいの感覚で、月面重力を楽しむことに専念するぐらいのつもりで臨んだほうがいいと思いますよ。3歩で行ける距離に15歩ぐらいかけたって、別に怒られることはないだろうから!
思うに、距離は今の2倍ぐらいは欲しかったな。今のままでは月面重力を実感する前に体験が終わってしまいかねません。これもまた改善点のひとつかと。


最後にもうひとつだけ問題点を。
ハーネスを使った非常設のアトラクションを運営するときは、体験希望のスカート女性が必ず現れるので、どう処遇するか知恵をしぼることは不可欠です。
今回は展示物前に貼り出された注意書きに「スカートのお客様は体験できません」と明記されていました。女性の体験希望者の多くがこの無慈悲な注意書きによって一刀両断で切り捨てられちゃってたと思うんだけど、そういう切り捨てでなく、体験を希望するなら可能な限り応えてあげるのがホスピタリティのあるべき姿だと思いますよ。現時点でもハーネスと長靴はそもそも全員に貸し出すシステムで、その着脱のための空間と時間も考慮に入れて運営してるぐらいなのだから、ズボンのひとつぐらい追加で貸し出せるでしょ。つなぎ風衣装を貸し出して対応した「未来アミューズメントパーク」(こちらの過去記事で紹介)のように!


以上のスカートの件に加え、前述の適正体重の問題もあり、この体験展示はちょっと女性に優しくないものになってしまった感が強いです。女性に優しくないということはインスタグラマーに優しくないということにほぼ等しく、おかげでSNSでの拡散力が削がれていることも憶測されます。ちょっと勿体ないことですね。
実際、イグ・ノーベル賞の世界展の探訪記をSNSに残しながら月面体験装置についてまったく触れていない記事のいかに多いことか! そういえば先日このイベントが『王様のブランチ』に取り上げられた際も、月面体験は華麗にスルーされてたし。


そんな感じで筆者が様々な不満と満足を胸中に交錯させつつ会場を後にした、この『イグ・ノーベル賞の世界展』は、11月4日(日)までの開催。まもなく終了ですので、興味を持たれた方はお早めに! そもそも月末更新が常だった当ブログが少し早めの更新をしたのも、イベント終了直前の情報提供では読者にとって酷かもしれないと思ったからなのであります。