「どこまでむきだせば気が済むんだ」 | だめ人間のたのしい余生

「どこまでむきだせば気が済むんだ」

昨日は愛をむきだされに行ってきました。

本当は公開日に行きたかったけど、舞台挨拶に興味ないし、と言うか、舞台挨拶に来る観客に嫌悪感を覚える前に断念しました。

園子温『愛のむきだし』。

237分。あんまり長いと感じなかった。トイレの心配さえなければ、途中の休憩時間も不要なくらい。

たたみかける。たたみかける。たたみかける。って感じで。

でも、プロローグは冗長かも。あと、エピローグも。と言うか、エピローグはリズムが悪いように感じた。

エンターテイメント性を前面に出しつつ、でも『HAZARD』以来の自主映画チックな作風を保ち、そんな中でB級感を滲ませる。…みたいな感じ。なんとなく。

うん、まさに苦手なタイプの映画。

面白かった。

でも、テーマと言うか、内容はブレてたと思う。基本は愛なんだけど、愛なんだけど、愛なんだけど、愛なんだっけ?というような。

演技の矮小さかな、って思う。アイドルが主演とか、別に構わないんですけど。最初は確かに「主演AAAってどうなん?」って思ったけど、まあたいした問題じゃなくて。

園子温の作品の特徴って考えたとき、まず膨大なモノローグがあるわけだけど、それはたいして重要じゃ無いし、それが活きるのは、その奥の方にあふれ出る人物の心象描写だったりする。んだと、思う。瞳だったり肩だったり息遣いだったり。

この作品にはそれが足りない。と言うか、弱い。特に、主演が。ヒロインも。

古屋兎丸とかすごいですよ。セリフなんか棒読みだし、演技のイロハもきっと知らないんだろうなって立ち回りなんだけど、スクリーンからは常に禍々しさとか危険な匂いがにじみ出てるしむき出されてるしあふれ出てる。

それを引き出すことこそが園演出の真骨頂なわけで。いや、もしかしたら古屋さん自体が最初っからそんな人なのかもしれないけど、でも少なくとも吉高由里子なんていまだに『紀子の食卓』以上の演技はできてないわけで。

と言うか、園基準で考えちゃうし、どうしても『紀子と食卓』と比べてしまう。やっぱりあのインパクトは超えられなかった。『気球―』とか『部屋』は比べないのになぁ…。クライマックスの鍋のシーンとか、『紀子―』のすき焼き(だったっけ?)のデジャブ感だったし(いや、だから観たときめちゃくちゃ興奮したけど)。

それから観てて思い出したのは、キューブリックの『時計仕掛けのオレンジ』と青山真治の『レイクサイドマーダーケース』。前者はなんとなく「致す前」と「致した後」の感じが。後者は、「作家性」と「商業性」の狭間にあるような気がする作品の境遇が。

 

あ、なんか語ってしまった。

いやだ、映画好きな人みたいじゃん。恥ずかしい。

うんこ。

言いたいことはたくさんあるけどここらへんで。

いろいろ言ったけど、はっきり言って面白いよ。

アイドル映画と侮るなかれ。この映画、すげーよ、観てよ。

 

 

 

ユニコーンの新曲は素晴らしすぎると思う。

WAO!

かつてのイメージの中のユニコーンを引きずってないし、ユニコーンらしい楽曲。

ユニコーンって言うと、すばらしい日々とか大迷惑とかそこらへんなんだろうけど。でも、服部とか人生は上々だとかも良いよねー、みたいな話。

 

あ、いやだ、音楽好きな人みたいじゃん。

うんこ。

youtubeのユニコーンと奥田民生消されすぎ。

 

 

 

最近、「ought」という単語を初めて知りました(ただし、スペルが合ってるかはわからない)。

中学校くらいで習う、割と基本的な単語で、女教師だか助動詞だかそんなやつらしいです。

使い方はまだよくわかりません。

あと、「Should」の読み方が「シュッド」じゃなくて「シュドゥ」らしいということも教えてもらいました。別にペーパーテストに発音は出ないやい!

 

あ、いやだ、勉強できない子みたいじゃん。

うんこ。

なんのためのメガネだと思ってるんだ?目が悪いからだ。

 

 

そういえば、大学の後輩の働いているバーなんだか居酒屋なんだかよくわからないところに呼ばれて行ったら、KO大の3年生と話す機会があって、その人の話を聞いてたら僕の大学4年間は便器の底にこびりついたうんこでした。

勘違いしちゃいけない。その人が特別アクティブなわけであって、KO大生の中にも便器の底にこびりついたようなやつはいっぱいいる!きっと。

でも、僕はまだ半径3メートルくらいのところで必死にもがいてるだけなわけで。その人はいとも簡単に(少なくとも端から見れば)、僕より若い年齢で、その壁をぶち壊していて。って、どうにも金城一紀の『GO』みたいな話になってるけど。

と、そんなこともありつつ、この一週間で、僕はウディ・アレンにも園子温にもなれないので、それと言うならば僕は僕としての生き方を全うに精一杯進んでいかなければ、とあらためて考え直すに至ったわけです。

 

あ、いやだ、まるで人生語っちゃったみたいじゃん。恥ずかしい。

そういうわけだから、僕は僕らしく、平気で後輩にビールをおごられるし、英語も教わるし、ときどき怒られます。

うんこ。