みかんとマスクと俺とロック | だめ人間のたのしい余生

みかんとマスクと俺とロック

こたつにみかんの季節になってきました。

ワクワクして仕方ありません。

歩きみかんがトレンドです。

 

『大きな栗の木の下で』は恋愛の歌です。多分ですけど。

ブルーハーツやハイロウズは確かにロックですけど、ブルーハーツやハイロウズのコピーをするバンドよりも、『大きな栗の木の下で』を大声で歌う幼稚園児の方が遥かにロックだと思います。

ワケもわからずに楽しく歌ってます。

ROCKです。

ロッケンロー

 

 

浅野いにおの新刊を即買い即読みしました。

『世界の終わりと夜明け前』。

シンパシーを感じずにいられません。

勘違い甚だしいと言われれば反論の余地はありませんが、確かにそこには僕がいます。

導入部分の混沌とせずにはいられない慌しさと、人物それぞれのいくら煮詰めても抜け切らない青臭さと、物語の終息に残る……何つーかあの感じ。

嗚呼、俺だ俺だ。

誰が何と言おうと、俺だ。

これは、過去数年に渡る読み切りをまとめた短編集なのだけれど、初期に近ければ近いほど僕がいます。

今、リアルタイムで『おやすみプンプン』があって、その前に立つ僕の中では《好奇》と《拒絶》というともすれば相容れない感情が渦巻いているんですが、こうなってくると畏怖にも似た感情が押し寄せてきます。

僕が今のように創作を続けていくと、行き着く先はプンプンなのかもしれない。

僕がプンプンに対して何とも認めきれない感情を抱くのも、まだ自分の中では育たない感性だからなのではないだろうか。わからないけど。

ちょっと気持ち悪い話をしました。

というわけで、面白いです。

個人的には、三編から成る連作短編の最後『日曜、午後、六時半。』の読後感が堪りません。

『ソラニン』の監督は誰がやるんだろう。

 

 

ゲロしゃぶ

 

 

 

ここ一週間半ほど、悪い咳が止まらずずっとマスクをしていたのですが、治りつつある今日もマスクを外せずにいました。

マスクを外して人と向かい合うと、若干恥じらいの感情が芽生えます。

恋ですか。

Is this a love?

いいえ、これは恋ではありません。

No, this is a not love.

大学院受験のために英語の勉強を始めようと思います。

大学内にAM/PMがあって、基本的にはババアしかいないんですが、この前パンを買ったらババアの店員さんに「風邪?」と声をかけられ、曖昧に頷くと、「ビタミンとりなね」とババアの笑顔で言われてしまって、恋に落ちかけました。

相手はババアなので、なんとか這い上がりましたけど。

ババアも女。

とりあえず知り合いに「風邪?」と聞かれたら、「心配されたいからマスクしてるだけ」と答えることにしています。

ゴールデンエッグス的転回で言えば、僕にとってのマスクはブラでありネセサリーです。

 

 

井上陽水の歌を聴いています。

前に書いた脚本を読んでもらったら、「これは陽水の『傘がない』に似てる」と言われたので、『傘がない』を聞いてみました。

「都会では自殺する若者が増えている 今朝来た新聞の片隅に書いていた だけども問題は今日の雨 傘がない 行かなくちゃ 君に逢いに行かなくちゃ』

ロックです。 

よっぽどロックです。

 

 

そういえば僕は朝ダチの記憶(自覚)がありません。

病院に行ったほうがいい、と言われました。