退院後の生活が始まりました。 | 三女は卵黄嚢ガン闘病~寛解。パパは走り続け、親父の背中を見せる!

三女は卵黄嚢ガン闘病~寛解。パパは走り続け、親父の背中を見せる!

フライフィッシングとウルトラマラソンにハマったパパの娘が、2015年11月に卵黄嚢腫瘍と診断、闘病を経て2016年4月に寛解。ガンと闘いながら走り続ける我が家の話。少しでもどなたかのお役に立てれば。

退院して3日
金曜日から学校に行き始めました。

小学校が協力的で
しばらくは親の送迎で1時間だけ通います。

金曜日は2時間目だけの出席。
昇降口まで保健の先生のお迎えから始まり
担任、学年主任、コーディネーター、校長までが見守り。

クラスの子も事前に説明を受けていたためか
みんな協力的です。

仲良しの子が教室外まで迎えに来てくれ
「おいで~」と笑顔で。

教室に入ると女子に囲まれています笑

帽子を被ったままの姿でしたが
女子軍団が周りを囲んでおり
男子は近寄れないくらい。

一部の男子が「帽子とれよ」的なことを言いましたが
身体の大きいボス的な女子が前に立ちはだかり
「何言ってんの?」と。
本当にクラスの女子が守ってくれています。

少し遅れていた授業もしっかりと参加することができ
一日目は無事に終了しました。

土日は家で過ごしていましたが
近所の仲良しの子と遊びました。
お互いの家で遊んだり
少し家の前で遊んだり
いつもの生活に戻ってきたようです。

自宅に戻るなり「暑い」と言って帽子を交換していましたが(我が家では日常)
遊びに来ていた子はさすがに直視できなかったようで
目を隠していました笑

さすが女の子。
髪の毛が無いということが、どういうことなのか分かるようです。
午前、午後としっかり遊び、久しぶりに楽しい週末になりました。

月曜日からまた毎日学校です。
1時間~2時間程度の登校ですが、少しずつ慣らしていく感じです。


私も走り始めました。
これまでも少しは走っていましたが
病院に行かなくても良いということ、お風呂や病院に戻る時間を気にしなくても良い生活になりましたので
足取りが急に軽くなりました。
久しぶりに土日両方走りましたね。

そして、先月の横浜マラソンで壊した左足の親指の爪もはがれました。
今回は綺麗にはがれたため、週末の富士五湖100キロも怖いものなしです。

さすがに練習不足なので自己ベストは厳しいですが
せめて時間内完走はしたいなあ。



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