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第2回

「香港で出会った釣り episode 2 」

第1回はこちら
https://ameblo.jp/flyfishing-japan/entry-12614668050.html

「ふ〜、香港はエネルギーがいる街だな」

ちんちくりんおじさんを振り切った後、
私は、ネンザンロードを海の方へ歩きながら、
深夜特急に出ていた重慶大厦というバックパッカー御用達の宿を探した。
だが、似たような建物が乱立してどれがそうだかわからない。

重慶大厦は、
危険だとか如何わしいとか、色々噂はあるが、
安全牌の綺麗なホテルに泊まったところで、何の面白みもない。
パッケージされた旅をするくらいなら、東京のアメ横で、
ケバブのにいちゃんと雑談をしていた方がまだマシだ。

疲労も溜まってきて、
とにかく宿を決めたかったので、
似たような雑居ビルの7階にある宿に入った。

後で分かったが、ここもバックパッカー御用達の宿、
美麗都大厦(ミラドマンション)というところだった。

香港人であろう無口でクールな男が小さなフロントにいて、
部屋はあるか、聞いてみるとあると言う。

この男、かなり渋い。
髪はオールバックで決めていて、笑うことを忘れたような面構えだ。
香港マフィアがいるとしたら、こういう男を言うのではないか。

値段を聞いて、まあ相場だろうとそこに決めた。

牢獄のような薄暗い通路を案内してもらい、部屋に入る。
ベッドにシャワートイレというシンプルな作りだ。

ベッドに角に無造作に放置してある薄い掛け布団は、
案の定、香辛料と独特の体臭が入り混じった匂いを放っていた。

1階に降り、
ビルの通路内にある両替所でエクスチェンジを済ませ、
その奥のインド人の揚げ物やでタンドリーチキンを食べる。
独特の香辛料とスパイスが鶏肉に沁みていて美味い。

通りへ出るとすぐに、
私がミラドマンションから出るのを待ち構えていたかのように
若いインド人が、

「ハイ!どこへ行く?」
「香港で分からないことがあったら私に聞いて」

そんなことを言ってくる。
20代後半であろうそのインド青年は、ニコニコと愛嬌抜群である。

ネンザンロードを海の方へ歩く。

ペニンシュラホテルでトイレを借り、
スターフェリーのターミナルに着く。

小さな売店でアイスクリームを買い、
スターフェリーに乗り込む。

海風を受けながら、デッキにある木の椅子に腰掛け、
アイスクリームを舐める。

対岸は香港島。
高層ビル群が乱立し、壮観である。

「なるほど、これは確かに気持ちがいい」
街の喧騒の中で浴びた猥雑な熱をクールダウンできる静寂がある。

香港島へ渡り、あちこちを歩き回った。

ビクトリアピークへ登り、
Enter the Dragon のオープニングの映像と重ね合わせ、
トラムに乗って街外れまで行ってみる。

夜、宿に一旦戻り、
出の悪い、温水調整がほぼ効かないシャワーを浴び、廟街を目指す。

ナイトマーケットは、もの凄い人出だ。
通りが交差する場所では、椅子とテーブルが通りを埋め尽くし、
地元の家族連れや子供達が、思い思いに食事をしている。

私は、透明ビニールで仕切ってある店に入り
牛肉の炒め物とビールを注文する。
これは、なかなか美味い。量も普通でほっとする。

実は昨日の晩、別の店でムール貝のワイン蒸しを頼んだら、
3人前ぐらいの量が出てきた。
こんなに食べれないとそこのおばさんに言ったら、

「このくらい食べられるでしょ!香港では当たり前!」

的なことを広東語で一方的にまくしたてられ、
そのあまりもの勢いに気圧され、罰ゲームのように意地で食ったが、
もう一生ムール貝はいいな、と思えたのであった。

牛肉の炒め物はビールに合い、
周りの人の意味の分からない話し声は心地いいノイズであった。
テレビでは、サッカーをやっていた。
ちょうどW杯予選が始まっていて、
その時は日本とイギリスの親善試合だったと思う。

店の店員や他のテーブルの地元の香港人は、
ベッカムが点を入れると、私に向かって「どうだ!」
と腕を上げアピールする。

日本が優勢になると、私に向かって、
ブーイング的な態度を取る。

最初は、何故なのか分からず戸惑ったが、
「そりゃそうなるのが自然なんだろうな・・」
と歴史的解釈をせざるを得なかった。

でも、本当は違うところに問題があるんじゃないか?
と、今ならそう分析できるが、
当時は、同じアジア人なのにそうなるのか、と、
複雑な心境になった。

食事を終え、また廟街を歩き始めると、
露天の街頭モニターから、
リズミカルでパワフルな絃楽器の和音が聞こえてくる。

聞いた瞬間、「これはいい!売れる音だ。」
そう直観し、その場でDVDを買った。
「今までにない音だ。日本に輸入すれば大ヒットするだろう。」

「女子十二楽坊」

DVDのパッケージにそう書いてあった。

テンプルストリートをさらに歩き続けると、
天后廟というお寺に突き当たった。

ベンチや鉄柵に座り、声高に何かをしゃべり倒す地元の人々。
将棋をするおじさん達。その横で踊りを踊る少女。
境内は、夕涼みも兼ねて大勢の人で溢れんばかりである。

観光客は少ない。
ほとんどが、近所に住む人たちである。
家族連れや子供たち、ステテコを履いたおじさん。

境内の前では、女の子がボーカルのバンドが演奏している。
その脇の暗がりでは、人だかりの輪ができていて、
その中心では、トランプを鮮やかに捌く男がいる。

私が、その輪に入り覗き込むと、その男は何かを大声で私に向かって言う。
その表情から、好意的でないことだけは分かる。
私がぽかんとしていると、
手で追い払うような仕草をして、また声高に何かを言う。

私は一旦、その場を去り考えた。
俺が日本人だということが、はっきりと分かっているのだけは確かだった。
境内を一周してまたその人だかりの輪の中を覗き込むと、
中心でトランプを捌いている男が、私を指差し、
またあっちへ行け、と大声を出す。

人だかりの輪は地元の人が多かったが、
欧米人も何人か混じっていた。

なぜ、俺だけがダメなのか?
全く理解できずにその場を離れるしかなかった。
結局、サッカー観戦の時の状況と同じだということか・・。

私は、仲間として受け入れてもらえなかったが、
特段、嫌な気持ちにはならなかった。
歴史的背景と個人の信頼は、別物である。

早朝、九龍公園に行くと、
何十人というおじさん、おばさんが太極拳をしている。
朝だというのに、すでに蒸し暑さで肌はべたっとしてくる。

その光景は、優雅であり力強さを感じるものだった。

あのゆったりとした動きの中に、
多くの意味が存在することを思うに、
文化の深さを感じぜずにはいられなかった。

日中は、九龍公園にあるプールで泳ぎ、昼寝をする。
子供達のはしゃぐ声が心地いい。
公園を出て、街をあちこち探索する。

スターフェリーで香港島へ渡り、
歩道のど真ん中を陣取り、片腕を上げながら何かを主張する
物乞いの横を通り抜け、
高層ビル群の谷間にある石段を埋め尽くす露天にまた驚く。

このコントラストは、何なんだ。
ビルとビルの間には、ビル風、すきま風が吹くイメージしかなかったが、
香港では、その隙間がない。
露天で埋め尽くされているからだ。

こんな面白い石段を私は他に知らない。

トラムに乗って適当な場所で降り、少年たちのサッカーを観たり、
セントジョーンズ教会へ入って、しばし瞑想的な時を過ごしたりして
時間を潰した。

宿の近くまで戻ると、
インド人のひょろっとした青年が通りに佇んでいる。
私の姿を見つけると、

「Hi! Brother!」

すでに我々は兄弟らしい。

「今日も暑いね、どこへ行く?」
「困ったことがあったら言ってきてくれ」

みたいなことを、早口でまくし立てる。

大体が、
ネンザンロードのガードレールに半ケツの姿勢で腰掛け、
誰かに声を掛けることをしている。

客引きなのだろう。
でも、なんだか日本のそれとは違い憎めない愛嬌がある。

次の日、遅い朝食をとり、
いつものように、ミラドマンションからネンザンロードへ出ると、
インド人の青年が手招きをする。

「Hi! Friend 」

今日は誘いにのってみようと後を付いていくと、
並びにあるビルの奥の部屋へ導かれた。

部屋へ入ると、冷房がキンキンに効いていて、
外の喧騒が嘘のように静かだった。

私が中に入ると、
インドの青年は重いドアをガチャリと閉める。

奥には、ショーケースがあり、
さらにその奥には大きな机がありゴウジャスな椅子に深々と座る
恰幅のいいスーツ姿の老紳士がいた。

その両脇には、老紳士を守るように男たちが立つ。

インド人青年は、ショーケースまで私を導き、
「Please」と言った。

ギラつく時計が、何十個とディスプレイされている。

「そういうことか・・」

私は、ちらりと時計を見て、自分の置かれている状況を理解した。
すぐに退散しようとしたが、
老紳士と両脇に立つ男たちは、じっと私を見据える。
その無言の圧力はかなり年季の入ったものだった。

誰も何もしゃべらない。
静寂がその場の温度をさらに下げる。
空調の音だけが静かに響く。

「もしかしたら、外へ出るドアは既に鍵がかかっているんじゃないか?」
「急に逃げ出したら、逆に危ないかも知れない」
「大声を出したところで、喧騒でかき消され外には届かないだろう」

色々な憶測が頭を駆け巡る。
独特の重い緊張感がその場を支配する。

ここは、混沌の街香港だ。
日本じゃない。
そう、何があってもおかしくない。

どうする?
ドラゴン危機一発である。


つづく。

 

 

『価値あるものと見なされるこの世の全ての楽しみと比べてみても魚とり
これに勝るものはなし』

『説教する人、物書く人、専制する人、戦う人。利益の為か、娯楽の為か、
いずれにしても最後の勝利者これ魚とり』
By トーマス・ダーフィー 「釣り人の歌」
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大井しょうぶです。


「香港で出会った釣り」

私は、香港に行ったことがありますが、
色々と考えさせる出来事にも遭遇しました。

もう20年近く前。
中国に返還される前です。

そういえば、
スターフェリーの発着場の脇で、
手釣りをしている老人がいた。

前はビクトリアハーバー。
大勢の人々がスターフェリーに飲み込まれ、
また、吐き出されて街に消えていく。

老人に話しかけても、無視。目も合わせない。

小さな魚を5〜6匹釣り上げ、
バケツに入れ、そそくさと無言で去っていった。
「旅行者のお前に何がわかる?」とその小さな背中は言っていた。

子供連れの親子もいた。

母親は、ルアーを投げくるくるとリールを巻く。
100円ショップで売っているよな見るからにチープなルアーだった。

それを手慣れた手つきで海へと投げ込む。
と言っても、距離にして7m〜8mほど。
娘は、釣れた魚を素早く取り込む。

釣れた魚を親子で数え、顔を見合って頷いた。
そして、ごった煮のように看板が乱立するネイザンロードへと消えていった。


そう、
彼らにとってその魚は晩の食糧なのである。
お遊びではなかった、彼らの釣りは。

まあ、香港だからな。

ビル群の谷間に潜む、物乞いも多かった。

猥雑なな街だった。
しかし、底知れぬパワーを感じた。
日本では感じられない、生へのエネルギーだ。

世界の貿易と金融。
高層ビル群。

その隙間に蠢く足のない物乞いは、
歩道のど真ん中に陣取る。

スターフェリー。
深緑色のビクトリアハーバー。

坂道の石段に座り、胡弓を奏でる老夫婦。

雑多な人種。アジア、インド、中東。
街中がグツグツと煮え立っていた。

ナイトマーケットでは、色んな露天がひしめき合う。
通路が4線もあり、猥雑、乱雑、無秩序、
そんな言葉を全部集めたような通りだった。

小鳥を使った占い。
まがい物のだらけのバッグ屋。

揚げ団子の屋台。リアカーだ。
無許可営業なのだろう。
警察が巡回に来ると、蜘蛛の子を散らすようにどこかへ消える。
十分後同じ場所に現れ、見事な早業で揚げ団子を売り始める。

この攻防を何度も繰り返す。

私はその様子を、ガードレールに腰掛けアイスクリームを舐めながら
ずっと見ていた。

通りの角の肉屋では、
軒下に何十という肉の塊が豪快にぶら下がっている。

海の匂いと香辛料が入り交ざった複雑な生臭さのある街の匂い。
毎日が盛大な祭りである「夜市」ナイトマーケット。

乱雑で煩雑で猥雑で、
しかし、生き抜くという意思と熱気が立ち昇っていた。

東京とは、似て非なり。

何故、香港に行こうと思ったのかというと、
理由は2つあった。

一つは、

沢木耕太郎の「深夜特急」を読んで、
スターフェリーに乗り、アイスを食べ、
真夜中までやっているナイトマーケットを数キロ歩き、
突き当りの神社の広場まで歩きたかった。
廟街という場所だ。

本当に、「深夜特急」で描かれているような街なのか。
確かめたかった。
猥雑さとエネルギーに満ち溢れた街なのか。

そしてもう一つは、
私の中で未だ圧倒的な存在である、
李小龍。ブルースリー。
彼の育った街に、あの映画が作られた街に行きたかったのである。

その頃の私は、音楽を止めボウフラのように漂い、
生きる屍と化していた。

「行かなければ、とにかく行くんだ」
「脱出するために、彼の育った香港に行くんだ」

そう自分の後ろあたりから命令が出された。
そこにしか、出口はない、と。

突発的な発作のようにチケットを買い、
香港へ向かった。

空港を出て、市街地までのバスを探す。

7月だったから、蒸し暑い。
東京の暑さとは違う、湿気が皮膚に纏わりつくような暑さだ。

バスに乗ると、
中東の団体が前に座った。

「うっ・・」

体臭がすごい。
鼻がもげそうになるくらいだ。

何というか、香辛料と体臭が強く入り混じったような悪臭だった。
ここまでのものは、今まで体験がない。
扇風機の風が来るたびに、地獄だった。

すぐ、席を移動しようとしたが、
私のすぐ後ろの席に座っている女性二人は、
涼しい顔をして本を読んでいる。

「何とも思っていないのか?」

間違いなく、彼女らにも強烈な匂いは届いているはずだ。

私は、席を立てなくなった。半金縛り状態である。
彼女らに負けるわけにはいかない。

このくらいは、香港では当たり前のことなんだろう。
ひるんではいけない。

「負けね〜ぞ」
「このくらいの洗礼で怯まね〜ぞ』

よく分からない理屈が頭を支配した。(笑)

私は、そのまま香港という街の洗礼を受け、繁華街に到着した。

私は耐えた。
逃げなかった。
そう、心から思えた・・。

バスを降り、ホテルを捜そうと歩き始めると、
香港人のちんちくりんな中年男がすぐさま寄ってきて、
矢継ぎ早に何かをまくし立てる。

何を言っているのか、分からない。

だが、うちの宿は安いから泊まりなさい、
という、意味は理解できた。

私は、丁寧に断ったが、全く意に介さない。
ず〜っと、私にへばりつきながらうちに来い、
とにかく来い、とまくし立てる。

チープな宿だと。

何度、断っても引かないので、
少し強めな口調で、こう言った。

「ノー!ゴーアウエイ!」

ちんちくりんなおじさんは、
ますます声だかに、そして悲痛な顔色で、

「ファイ?ファイ?オーノー!ファイ?」

と、食い下がった。
若干、泣きそうな顔であった。

何か切羽詰まっていたのかもしれない。
いや、その表情が売り物であり曲者なのである。

大きな交差点まで来たところで、
ちんちくりんおじさんは、退散していった。

「ふ〜、香港はエネルギーのいる街だな・・」

それが、正直な感想だった。

だが、
これは香港のほんのさわりのことであった。



つづく。






私に何か聞いてみたいことがありましたら、お気軽にご連絡ください。
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これに勝るものはなし』

『説教する人、物書く人、専制する人、戦う人。利益の為か、娯楽の為か、
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By トーマス・ダーフィー 「釣り人の歌」
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大井しょうぶです。


前回の続きを。



■フライキャスティングは投げるのではない、抜くのだ。


さて、
フライキャスティグで、多くの方が感じている感覚というのが、

「投げる」

という感覚です。

ブウォ~ンとロッドを振り投げる感覚。

厳密に言えば、
この感覚も間違いではないと思います。

ですが、
一番に掴んでもらいたい感覚は、
投げるのではなく、

「抜く」

という感覚です。

ロッドが負荷で曲がります。

曲がったことで、そこに復元しようとしるエネルギーが
強力に溜まります。

ロッドは、元の形に戻ろうと必死です。

「そのエネルギーをロッドの先端から抜いてやる」

この感覚が、
フライキャスティングにはかなり重要です。

ただ単に、
投げるという意識だけだと、
その過程で、あちこちに余分な力が掛ってしまいます。

ただ、

「抜いてやればいい」

のです。

バックキャストでロッドは曲がり、
復元エネルギーが溜まります。

そのエネルギーをフォワードキャストで
ロッドティップから綺麗に抜いてやる、

ということです。

つまり、いわゆる投げる力は入りません。

フォルスキャストもそうですが、
特に、シュートの時はそうですね。

放出させてやるんです。

フライキャスティングにおいて、
主役はあくまでフライロッドであり、

我々ではないのです。


我々キャスターは、
ロッドの復元力エネルギーが、パワーロスすることなく、
最大限効果的に出現するのを手伝っているだけなのです。

実は脇役なんです、フィッシャーマンは。
人間は。


で、
その手伝い方の最も有効なことが、
ロッドティップから復元力エネルギーを

「抜いてやる」

という動作というか、感覚になる訳です。


効果的に抜いてやる為に、

ストレートな移動だったり、
スラックを作らないストップだったり、
ちょっと上へ突き上げたり、

小技を色々使うんですよね。



野球なんかを見ていても、
実は、野球も投げているのではなく、
溜まったエネルギーを抜いている、

ということが分かります。

球が放出される直前まで、
体全体に溜まったエネルギーを、
指先から球を通して放出させているんだということです。

一見、
力で投げているように見えますが、
実はそうではなく、体全体のしなりを使って、
そのエネルギーを指先から抜いているんだと思います。


つまり、要するに、

フライキャスティングも、投げるのではなく、
抜くという言い方が一番適切ではないかと。

ロッドに蓄えられたエネルギーをパワーロスなくスムーズに抜く。
投げるのではなく、エネルギーを抜く。

この感覚を体得すれば、かなり素晴らしいキャストが出来るはずです。

特に、
シュートの時はこのイメージが大切ですね。

ロッドの先端から、
蓄えられたエネルギーが勢いよく空へ抜けていく。
勢いよく放出される。

こんなイメージです。

ロッドを持つ力は、
そのエネルギーがスムーズに放出されるように、
その補佐としての役割を果たす。

ロッドを投げるのではない。
ロッドの先端からエネルギーが力強く放出される、
その補佐をするだけである。

その為に、
前回のタコキャスティングが重要になってくるんです。

余分な力はできるだけ排除する。
そして、ロッドの復元力が最大限機能するように
ロッドを移動させる。

こんな感じでしょうか。

これだけで、今までとは違うキャストが出来るはずです。


どんなスポーツでも、
よく観察すると同じような理屈が成り立っています。

ただ、力だけで成り立つスポーツはほぼないと言っていいと思います。

必ず、エネルギーを溜める動作があり、
そのエネルギーを放出させる動作があります。

歩く、という単純な動作の中にも、
エネルギーを貯めて、放出させることの繰り返しで、
前へ進んでいることがわかります。

その時、体幹がぶれずにエネルギー伝達に無駄がなければ、
綺麗で力強いウォーキングになるはずです。

もしかしたら、
歩くのが上手い人はキャスティングも上手いかもしれませんね。

歩くのが綺麗な人は、
体の基本的な使い方がいい訳ですし、無駄な力も入っていない。

フライキャスティングの最も基本的な練習は、
実は、ウォーキングにあったりするかも知れません。(笑)

もしくは、ジョギングとか。


ということで、
話が広がりすぎてまとまりが付かなくなる前に、
今号はこの辺で。


また次回。


Tight Line !







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■伝えたいこと

本当は・・
私たちはもっともっと本来の自分の求めているライフスタイルを実現するべきなんです。
そのことが、生きる意味だとも思います。

少しだけ今までより半歩前へ踏み出すだけで、
それは実現へと向うのは分かっているのに、何となくやらないでいるだけです。

フライフィッシングをライフスタイルの中に取り入れましょう。
沢山の喜びと癒しと学びを、得ることができるでしょう。

あなたの人生を、自身の手で心地よく作り上げていくには、
フライフィッシングというスタイルはとても素晴らしい選択の一つであることは、間違いありません。

そのことを、伝えていきたいのです。
フライフィッシングのイデア(理想、哲学)を表現していきたいのです。



【フライフィッシング イデア】

「芸術であり、スポーツであり、哲学であり、ハンティングであり、祈りである」





そして私は、釣りを釣りで終わらせたくありません。

これからの時代は、

「釣りを釣りで終わらせない」

思考能力が必要だと思っています。

何故なら、史上最高の激動の時代(カオスの時代)に我々は生きているからです。


資本主義は限界値を超えている
AI(人工知能の台頭)
情報の氾濫につぐ氾濫
近隣国の不穏な動向


釣りをする為にロッドはありますが、
世界観を押し広げる為の大切なツールでもあるのです。


視野の広さ、洞察力、直観力、主体的に考え抜く力。
これらを、釣りという楽しい遊びを通して身に付けていくべきです。
でないと、もったいなさすぎます。

だから、時には釣りと直接関係ない話や、
ちょっと挑発的な問い掛けもするかも知れません。

でも、そのことであなたがインスパイアーを受け、
何かに気付き、何かの行動の起爆剤になれるのなら、
私は、そのことが非常にうれしいのです。


我々の時間は限られています。
人の人生を生きるのではなく、
自分の人生を自分自身で掴む為にロッドを手に取るのです。




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