今朝ふと思い出した事があります。

幼い頃に大人に叱られた時、それが本当に自分を思っての事なのか、はたまたその時その大人がたまたま虫の居どころがわるくて、八つ当たり的に怒られたのか?

この二つの違いは意外と明白に子どもには分かるものだよなあ、という感覚を久しぶりに思い起こしました。

大人はつい子どもだからとかまだ幼いから分からないだろう、と思いがちですが、もしかしたら子どもは大人以上に洞察力鋭く、観察し理解しているかもしれません。

自分の子どもの頃を思い出しても、フリースクールの生徒達を見ていてもそう思います。

高校時代のとある国語の先生の思い出ですが、その先生はちょっと昔かたぎな先生で、躾には厳しい方だったと思います。
しかしまだ若い高校生相手ですから、中にはそんな先生を疎ましく思っていた生徒もいましたが、私はその先生の事が大好きでした。

なぜそう思ったかというと、その先生からはものすごく誠実さを感じられたからです。
良いものは良いと認め、悪い事は臆せずしっかりと諫める強さといいますか…。
女性の先生でしたが、国語の先生らしく鼻濁音混じりの優雅な話し方をし、立ち居振る舞いもまた優雅な方でした。

その先生がある日の授業前の雑談で、私達の先輩にあたるとある卒業生について話してくれました。
その先輩はとてもやんちゃで、在学中は先生とも何度も言い争いになったような生徒だったそうです。

卒業後その先輩は美容師になり、先生も髪を切ってもらった事があり、在学中のやんちゃさは影を潜め、良い方向に成長している事を喜んだ矢先に、その先輩が若くして亡くなるという衝撃的な知らせが先生の元にとびこんできました。

先生は「なして死なねばならねった?」とおっしゃいました。その言い方には先生としていかに生徒の事を思っているかや、誠実な思いが溢れんばかりに伝わってきました。悲しいお話ではありましたが、先生の真摯なお気持に感動を覚えました。

大人もまた未熟な一人の人間ですから、いつも完璧とはいきません。
しかし人としての誠実さは忘れないでいたいと思わせてくれる高校時代の思い出です。