今日は私の中学時代の話をしたいと思います。
タイトル通り不登校になりそこねた中学時代を送りました。
あれは中学2年の時でした。
初めは友人とのちょっとした言い争いがきっかけとなり仲間外れになり、それが学級全体へと広がり、最終的には学年全体からのいじめに発展していきました。
身体的な暴力ではなくて言葉の暴力が主ないじめの中身でしたが、そのお陰で今も他人と会食するのが極端に苦痛というトラウマも残っています。
状況的には不登校になってもおかしくなかったと今振り返っても思うのですが、それを認めてくれるような家庭環境ではなかったことや、私自身勉学の意志が非常にかたく、高校や大学への進学に強い憧れを当時は抱いていましたので、それがいじめによって断たれるのが何より耐え難いことでした。
あれから30年近い年月が経過して今思うのは、果たして「耐える」事が本当によかったのか?という事です。中学卒業後ストレスが原因と思われる病気をいくつか発症して長い間それに苦しめられた事を思えば、未だに正解は分からなく、不登校になりそこねた、という言い方をするのも不登校になった方が実は幸せだったのではないか?という思いが今もあるからです。
しかし人間生きていれば我慢や忍耐が必要な時もある…。その忍耐力が自分を救ってくれることもあれば、苦しめることもある。
過ぎたるは及ばざるが如し。
我慢と逃げのバランス。実は意外と難しいのかもしれない。
それはフリースクール勤務をしていても最も感じる事でもありました。
わたなべ塾
akitaeigoschool.jimdofree.com
タイトル通り不登校になりそこねた中学時代を送りました。
あれは中学2年の時でした。
初めは友人とのちょっとした言い争いがきっかけとなり仲間外れになり、それが学級全体へと広がり、最終的には学年全体からのいじめに発展していきました。
身体的な暴力ではなくて言葉の暴力が主ないじめの中身でしたが、そのお陰で今も他人と会食するのが極端に苦痛というトラウマも残っています。
状況的には不登校になってもおかしくなかったと今振り返っても思うのですが、それを認めてくれるような家庭環境ではなかったことや、私自身勉学の意志が非常にかたく、高校や大学への進学に強い憧れを当時は抱いていましたので、それがいじめによって断たれるのが何より耐え難いことでした。
あれから30年近い年月が経過して今思うのは、果たして「耐える」事が本当によかったのか?という事です。中学卒業後ストレスが原因と思われる病気をいくつか発症して長い間それに苦しめられた事を思えば、未だに正解は分からなく、不登校になりそこねた、という言い方をするのも不登校になった方が実は幸せだったのではないか?という思いが今もあるからです。
しかし人間生きていれば我慢や忍耐が必要な時もある…。その忍耐力が自分を救ってくれることもあれば、苦しめることもある。
過ぎたるは及ばざるが如し。
我慢と逃げのバランス。実は意外と難しいのかもしれない。
それはフリースクール勤務をしていても最も感じる事でもありました。
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