個人的には


明るいからとか

ポジティブだから

人を愛おしいと

思うわけではないのに



社会的には

明るく振る舞うことが

評価されやすい



ポジティブは

能力の高さではないのに


有利になることが

多いように感じます





それでもやっぱり…



ポジティブか

ネガティブかではなく…



感じるままに感じることの方が

大切だと思います



強い感情を

抑圧し続けてしまうと



自分が何を望んでいるのか

わからなくなって

しまうかもしれませんから…





心から望むことと

行動や行為が

同じ方向を向いて

歩みを進めているとき




自然とバランスが

整うというか


ポジティブも

ネガティブも

溶け合うような領域で、



目の前に映る世界が

耀いて見えたり



自分がイキイキしているのを

感じたり



生命力のようなものを

感じることがあります




本来の力や魅力を

発揮しやすい状態…




混乱がない(自然体の)ときは、

きっと誰だって

穏やかで愛にあふれている



妹も


そんなことを

どこかで知っているし、

そんな自分でいたいのに、

できないとき



責められているように

感じてしまったり、

そんな自分が嫌になったり

自分を責めてしまう



そんなふうに

感じているように見えます





意識しないとすぐに

ポジティブに

変換してしまう私が、


ネガティブな感情も

しっかり味わえるように

なってきた過程で…



私自身が

何かをネガティブに捉えたとき



ただ混乱しているだけということを

思い出していました




そして


何かに混乱していたり

うしろめたさを

感じていたりしたことの中に



私自身がどうしたいのか

自分へのリクエストが

隠れていることに

気がつきました



自分へのリクエストに

応えることに

エネルギーを注いでいると



自分が必要なことに

自然と集中しやすくなるので、

流れがよりスムーズになりました




妹が私に見せてくれたことも…



こんなふうに、


ネガティブな資質の強い人や

ネガティブな出来事から、



新しい認識やパターンができたり

大切な感覚が深まったり…



けっこう影響を受けたり、

インスピレーションを

受け取ったりなどしています




3年と少し前


自分を

ネガティブの塊のように

いっていた女性や、



カナヅチを克服しようと

チャレンジしていた

当時小3の姪っ子と


そこに一緒にいた

幼稚園児たちと

すごした時間で

体験したことの話題から



今回のブログのタイトルを

考えたので、



最後にもう少しだけ…



勇気を奮い起こして

一歩踏み出そうとした瞬間に

立ち会えたことで、

私の中で化学変化が起きました






勇気は、


そこに恐れや不安がなければ

出すことができません





恐れや不安が見え隠れする中で、

勇気を振り絞って

困難に立ち向かう姿は、



表面的には

ぎこちなく、

無様かもしれませんが



その有様は



私の目には

尊くて

凛として

とても美しく映りました



心の底から

湧き上がってくるものが

たくさんあり、



私も、

たとえ表面的に

カッコ悪かったとしても


私が美しいと感じる生き方を

すると極めました






この投稿を下書きしたあと、

図書館で


「創造への勇気」(ロロ・メイ)と

いう本を見つけ、

開いたページに



ニーチェなど他複数が

こんなことを主張してきたと

綴られていました




『勇気とは

絶望のないということではなく、


むしろそれは

絶望があるにもかかわらず、

前進できる能力のことである』


✨✨✨




次回は、性差について

少し触れたいなと

考えていましたが


もしかしたら、

もう一回だけ、


しつこくネガティブのことを

綴るかもしれません(笑)








うつむいて咲いているすずらん。どこかひかえめですが、凛として可憐です。「可憐さ」や儚さなども、「陰」の美しさのように感じます。


多くの花は、花と葉っぱの大きさが大差ないのに、すずらんは小さなお花なのに、大きなりっぱな葉っぱが寄り添っていて、少し不思議です。

すずらんが咲く少し前は、同じ場所にツクシが咲いています(二子玉の帰真園)。