5色の虹

5色の虹

嵐が大好きな看護師のブログ♪

ラブラブご訪問ありがとうございます!!ラブラブ



青空の下で からお引越ししてきました♪




Cocoです。



好きなものは嵐とときどきジュニア、真央ちゃんと花男とスタバきらきら




楽しいことだけじゃないけど


いつも大好きな5人が私を元気にさせてくれる。


辛いときは5色の虹が私を照らしてくれる。


だから、毎日なんとか生きていられるのです。



更新はゆっくりマイペースですが


日々感じたことを書いていけたらな...と思っています。




よろしくお願いしますm(_ _ )m



そういえば。

 

 

東京から、この街に移住して1年が経ちました。

 

 

”この街”というのは、

信州・松本。

 

 

 

長野は母の実家があって

全く縁がなかったわけではないのですが、

松本っていう場所には知り合いは誰もおらず。

 

 

なぜ??と言われることもあるのですが。

 

でも、私のことをよく知っている友達には

ずっと住みたいって言ってたもんね、とうとう決めたんだね。

と言ってもらうことも多いのです。

 

 

初めて、松本に訪れたのは、

2019年のこと。

 

松本市出身である草間彌生さんの

コレクション展示が松本市美術館でされており、

いつか行ってみたいと思っていました。

当時、不思議の国のアリス展が行われており

そこに草間彌生さんの作品が展示されていることも

大きなきっかけとなり、松本に行ってみようと。

 

以前から松本や安曇野というところに興味があって。

 

小学生くらいの時に、

『電池が切れるまで』というドラマを見て

舞台となっている安曇野の風景に心を奪われ

いつか行ってみたい!と思っていたことと、

真央ちゃん主演の朝ドラ『おひさま』の舞台でもあった、

松本や安曇野をいつか訪れたいと思っていました。

 

 

そんなこんなで松本・安曇野に一人旅に出ました。

 

 

 

 

 

 

 

 

なんでだろう?

 

そこに自分が住むことが想像できたんです。

 

不思議だよね。

 

市街地からでも北アルプスの山並が本当に綺麗で美して、壮大で。

 

山なんて、興味ないのに。

(父が山が好きで幼い頃から登山はさせられていた)

(父の夢は、娘の結婚相手を上高地の涸沢で待つこと、らしい)

 

感動した。

 

松本の空を見ていたら、

ここに住みたい!住む!

 

 

 

 

 

私、基本的に都会じゃないと生きていけないと思っているですが。

便利なものが近くにないと生きていけないと思っているんですが。

 

だけど、スタバと無印があるから生きている、

イオンがあるからなんとかなる、

私、ここに住める。

住みたい。

 

漠然とそう思ったんです。

 

この一人旅は草間彌生の作品を見る以外は

ほぼノープランだったのですが、

次の日に行った安曇野の風景。

 

それにも感動して。

 

その日はとってもいいお天気で。

 

穂高の駅からわさび農場までレンタサイクルで向かったのですが。

 

美しい田園風景、美しい山並。

そして、空気が美味しい。

 

水も澄んでいて綺麗で。

 

 

 

 

 

あ〜家の近くにこんなオアシスみたいな場所があったら

どんな幸せなんだろう。

って。

 

 

 

あの頃、仕事にも慣れて、後輩も増えて、

なんとなく上手く仕事もこなせるようになって、

でも少しずつプレッシャーも感じるようになって。

 

誰しも、日々の忙しさから逃げたくなって

どっか遠くに行きたいなーって思うこと、あると思うんだけど。

(あるよね??)

そんなタイミングのときに、

松本・安曇野を訪れたので。

 

多分、余計に、

ここに住みたい!と思ったのだろうけど。

 

でも、後にも先にも、旅先に住みたいと思ったの松本だけで。

 

 

その思いは5年近く心の中で育っていった。

 

 

 

体調を崩したり、

今後の人生について考えたりする中で、

思いっきて、自分でもびっくりするくらいの行動力で

本当に移住してしまいました。

 

 

今は本当にこの選択をしたこと、

心の底から良かったと思っています。

 

誰も知り合いもいないこの街に、

まだまだ、余所者ではあるけど。

少しずつ馴染んでいけたらな。

 

 

 

 

そして、ふと思ったこと。

 

そもそも。

松本に旅に出ようと思ったのは

草間彌生で。

 

草間彌生の作品に出会ったきっかけは

紛れもなく、大野くんだったので。

 

大野くんがいなければ、

草間彌生に興味を持つこともなかったと思うので。

 

草間彌生の出会わなければ、

絶対、ここにはいないだろうなって。

 

そう思うと、

やっぱり私の人生には

大野くん、嵐が必要だったんだなって。

 

 

結局、嵐だな、と思ったのです。

 

 

 

 

 

 

 

お久しぶりです。

 

We are ARASHI

4月7日バンテリンドームナゴヤ

参戦してきました。

 

 

(ネタバレなし、私の感じたことを書かせてください)

 

夢のような時間でした。

 

本当に楽しくて、楽しくて。

 

こんな幸せなことってないよな、って。

 

 

 

嵐のファンになって、あと4日ほどで丸19年になります。

 

もっと、早く出会っていれば・・・

そんなことを考えることもあったけれど。

 

あのタイミングだったから

嵐を好きになったし

こうして今でも嵐が好きなんだよな。

 

よく、それぞれのタイミングで、って言ってくれるけど。

 

私にはあのタイミングが最善だったし、

あの時会えたことが奇跡だなって。

 

 

10周年のライブに行きたい!!

 

そんな思いで、2009年の1月、お年玉を握り締めて

初めてのジャニショに行った後に

原宿の郵便局で振り込みをしたんだよな。

 

それから17年。

 

ずっと繋いできた私の名義。

 

全然頑張ってくれなくて、

会えないことが続いて、

なにくそ〜!!って拗ねてみたこともあった。

 

この間、改めて歴代のチケットを見ていたら

私の名義のチケットが数枚しかなくて、

思わず笑ってしまった。

 

それもまた、思い出ですね。

 

 

休止してからの5年間。

 

なにも迷わずに更新。

 

嵐ファンだっていう証拠が欲しかったんだろうな。

 

大野くんの姿を見れないことは

寂しかったけど。

 

でもいつだって私の中にはいて。

 

 

嵐という存在はずっと生活の中にいた。

 

 

通勤中は嵐の曲を聴いているし、

スマホのウェジェットも嵐のままだし、

LINEやインスタのアイコンも

This is 嵐のままだし。

 

ずっと、嵐は私の日常の中にいました。

 

 

 

 

この19年間。

ずっと同じ熱量で好きでいたかと言われると

それは嘘になってしまう。

 

フラフラと他グループに行ってみたり、

他のことに興味があったこともあった。

 

でもなんだかんだ、嵐なんだよな。

 

 

嵐の曲を聴いて、

嵐の番組を観て、

嵐の言っていたこと、

嵐の考え方に触れて。

 

嵐をどんどん知っていく中で、

今まで嵐が教えてくれたこと全てが今の私を形成している。

 

人生になくてはならないもの、

 

というより、

 

嵐ファンであることが私にとって大切なアイデンティの一つです。

 

 

きっとこれからもそれは変わらなくて。

 

嵐のファンでよかった、

嵐のファンになれてよかった。

 

 

ずっとずっと、これからも

今と形を変えたとしても

私が嵐ファンであることは変わらない。

 

 

 

2019年以来の7年ぶりの嵐ライブ。

 

嵐以外のライブに行っていなかったので(潤くんに怒られるかな)。

 

ライブ前の準備から、

なんだか懐かしくて。

ソワソワして、ワクワクして。

 

それだけでも楽しかった。

 

ライブに行くってこういことだよな。

 

 

ペンライトの光で埋め尽くされたドーム。

 

本当に綺麗で感動した。

 

 

この光景を見たかったんだ。

この光景を見せたかったんだ。

 

コロナ禍で叶えられなかった夢の数々。

 

その一つ一つが叶えられていく。

 

幸せな時間でした。

 

 

落選して行けなかったライブ。

今でも思い出すとチクっとする。

 

発売された映像作品もなんだか見るのが辛かったり。

 

あ〜行きたかったな、あの場にいたかったなって。

 

それも、あの時間に解消された気がする。

 

あの曲もこの曲も。

 

全部に全部、思い出があって。

 

あの時の気持ち、

そしてあの場所で聞いた時に生まれた新たな思い。

 

いろんな感情が生まれて。

 

 

歌って踊って。

 

あの時のままの嵐がいて。

 

 

宝箱にしまっていたものが

一気に放出されている感じ。

 

最後だから。

 

もちろんそれもあったと思うけど。

 

寂しさを寂しさだけで終わらせないぜ

っていう意気込みというか。

 

全部、全部。

だれの気持ちも決して置いてけぼりにせずに

それでも、

自分たちが見せてたいものはこれだ!!

ちゃんとついてこいぞ!

俺らは準備できているぞ!

やっちゃうぞ!!

って、まさに挑戦状のようなライブ。

 

誰かが言っていた、

 

これは This is 嵐 の壮大なアンコールだと。

 

うん、そうなのかもしれない。

 

夢の続きが動いている感覚。

 

あの時叶えられなかった夢が動き出す感じ。

 

 

本当に幸せでありがとうに溢れて。

 

 

私自身も、悔いが残らないように。

 

 

 

始まる前は、号泣するだろうな、って思っていたけど

実際はそんなこともなくて。

 

ずっと笑っていたような気がする

ずっと楽しかった。

 

うるっという場面は何度もあったけど

声出して、踊って。

 

 

ありがとうー!!って何回も叫んだ。

 

最後の最後、私は「またねー!」って言った。

 

きっと、また、会える。

 

それを信じて。

 

一旦は終わり。

 

でも、きっと、分からないけど。

 

今この瞬間に考えることじゃないけど。

 

 

ずっとずっと、嵐は私の中にいる。

 

そう思えたから。

 

だから、またね、って自然に出てきた思い。

 

 

 

Five

 

配信されてから何度も何度も聞いたし、

何度も歌詞を見て

自分なりの解釈をしたけど。

 

あの会場で聞いた時に

全ての歌詞がスッと入ってきた。

全てが腑におちた。

 

あ、こういう意味なんだなって。

 

 

活動終了してしまったら

私はその先の未来をどうやって生きていくんだろう、

休止と終了の違い。

 

やっぱりそれは大きくて。

 

希望がないなって思っていたけど。

 

 

でも未来に怯えなくていいんだよな。

 

今まで積み重ねてきたものが確かにここにあって。

 

それは絶対に消えなくて。

 

約束なんていらないし。

 

私が信じていればそれでいい。

 

 

ずっとずっと、この先も嵐ファンだし。

 

 

嵐の姿が見えなくなるまで、

精一杯声出して。

 

もうなにも迷いはないなって思った。

 

 

嵐に出会って、

いろんなところに連れてもらった。

 

想像できなかった未来が今ここにいあって。

 

嵐に出会ったから

嵐がいてくれたから

今の私がいる。

今、私はここにいる。

 

それだけが事実で、それが全てで。

 

 

 

”永遠という名の嘘 本当にした”

 

今のこの気持ちは、きっとこういうことなんだ。

 

永遠になったんだ。

 

永遠って最強じゃん!って思ったら

なんだか気持ちも軽くなって

とても晴れやかな気持ちになって。

 

いつかも、きっとも、信じたいけど。

 

でも。

 

なにもかも、宝箱に中入れて。

 

この宝箱はなかなか開かない宝箱じゃなくて。

 

小さい時に自分の好きなものばかりを入れていた

お菓子の箱みたいな。

 

実家の押し入れにしまってあるような宝箱。

 

いつでも開けることができて取り出すことができる宝箱。

 

思い出した頃に出てくる宝箱。

 

 

なんかそんな感じ。

 

 

 

 

まとまりのない文章になってしまったけど。

 

5月31日を自分がどんな気持ちで迎えるのか。

 

ちょっと怖いけど、ちょっと楽しみだったり。

 

いろんな感情があるって、

そんな気持ちにさせてくれる嵐ってやっぱりすごい。

 

 

いつもの日常に戻ったけど。

 

いつも私の中に嵐がいる。

 

だからこれからも前に進んでいける。

 

 

 

 


僕が僕のすべて

初めてフルで聴いたとき
(確か着うたフルだったかな…懐かしい)

歌詞がぶっ刺さりすぎて泣いたこと、覚えてる。



お母さんがいない生活が始まってもう18年くらいかな。


お母さんに会いたい、辛い、悲しい。

なんて、100万回くらい思ったけど。



でもそれでもここまで頑張ってきた。


もちろん、
その都度誰かが支えてくれて、助けてくれたからこそというのも分かっているけど。

お母さんのぶんまで、とか
お母さんがいないから、とか
だから今があるんだ、とか。

そんな簡単なものでもない。


だって頑張ったのは私だから、
自分の選択を許してくれた人がいるのも分かってるけど。

私が選んだ道、創ってきた道だから。



いまさら、
お母さんが喜ぶよ、とか
お父さんのおかげだね、とか。

そんなこと言われても正直響かないんだよな。


冷たい子どもと言われてもいい。

なんていうか、
私が頑張ったことを認めてほしいんだよな。




妹が結婚して、来月式があるんだけど。


なんかね、親戚からの言葉1つ1つにモヤモヤして。


私は妹の母代わりではない。
私は妹の姉だ。
それ以上でも以下でもなくて、
姉であること以外に私には役割はない。



お母さんがいなくなって、
2人で支え合ってきた
なんてそんな良い話もないし。

性格が真反対だから、
好きなものも嫌いなものも何もかも違ったし。

小さい頃は喧嘩ばかり、意地悪ばかりしていた。


妹からしたら私は全然良いお姉ちゃんではなかったと思う。


でも、なんだかんだで頼ってくれたりする妹は
やっぱり私の妹だな、可愛いな、大切だなって。

大人になってからそう思うことも増えた。




頼りたいときに頼れる大人がいなくて、
大人になるしかなかった私たちだけど、
それでもお互いがそれぞれで頑張って。

妹は妹でちゃんと手に職をつけて1人の大人として立っている。


そこに、お母さんがいないからとか、お父さんが頑張ったからとか、
そんな話をしてほしいわけじゃないんだ。


頑張ったね、

それだけでいいのに。



誰のでもない自分の道を歩んでいることに
私はお姉ちゃんとして
妹におめでとうって言いたいな。