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MOONSTRUCK MOONLIGHTING

闇を照らす優しい月に

先週の日曜日、さいたまシティマラソンに参加して、
ハーフの距離を走って来ました。
なんとか目標タイムの2時間30分を切る、
2時間26分で完走することができました。


さいたまシティマラソンは、
さいたまスーパーアリーナをスタート&ゴールとし、
さいたま新都心周辺から、
さいたま市の浦和区、緑区、見沼区、大宮区を周回するコースです。
普段、クルマでしか走れない一般道を、
1万人以上の人が連なって走る風景は圧巻でした。

幸い、前日までの雨も上がり、多少寒かったものの、
かえって暑すぎるよりはマラソンには都合が良い気温でした。


長い距離を走っていると、どこかで「ガス欠」になります。
たとえば普通の人間は、
フルマラソンの距離を、何も飲まず食わずで走り切ることはまずできません。
ですからマラソン選手たちも、
途中でスペシャルドリンクなどでエネルギーを補充しながら走ります。

ボクは3年前にフルマラソンを1度走ったことがあります。
本番前に練習で30キロの距離を走りました。
そのとき、20キロを過ぎたあたりで、初めて「ガス欠」を経験しました。

文字通り「ガス欠」。
ガソリンタンクが空になったクルマやバイクのように、全く走ることができません。
アタマからは「動け、走れ」命令が出ているのに、
脚やカラダが、全く動かなくなってしまうのです。

幸い、何度かフルマラソンを走ったことのある友だちから、
「ガス欠」について聞いていたので、
自分の身に起こったことにも慌てず対処ができました。
道端にあった自動販売機で、缶のロイヤルミルクティを買って飲み、ひと休み。
するとオヤオヤ不思議です。
10分もすると、またカラダが動くようになりました。
そうしてなんとかその日、練習の30キロを走り切ることができました。

さいたまシティマラソンの距離はハーフ、約21キロです。
だから「ガス欠」を起こさず走りきれると油断してました。
ところが、13キロの地点で「ガス欠」が起きてしまったのです。
走っていてすぐにわかりました。
「ヤバイ、『ガス欠』だ。カラダが動かなくなる」

制限時間がある大会のため、ゆっくり休んでお茶している時間はありません。
さて、困った、と思ったときに、ポケットに飴ちゃんがあることを思い出しました。
この大会には、やはりランニングが趣味の友だちとふたりでエントリしていました。
彼がスタート前に、持って来ていた飴をいくつかボクにくれていたのです。
「疲れたら途中で舐めな」と言って。

すかさず走りながらポケットから飴ちゃんを取り出し、
個別包装を破って口の中へ放り込みます。
「うんまい!」
疲れたカラダに飴ちゃんの甘さが染み渡っていくのがわかりました。
おかげで「ガス欠」を起こして止まることなく、
ゴールまで走り切ることができました。

飴ちゃんパワー、恐るべし!
バックの中に必ず飴ちゃんを入れているという関西のオバチャンたちが、
とても偉大に思えました。


さて、実はその後、またさらなる試練が待っていました。

15キロ地点で両脚の筋肉が疲労し切ってしまい、
加速ができなくなってしまいました。
この大会に向けてしばらくぶりに走ったのですが、
体重が以前より5キロも増えていました。
それなのに練習したのは距離5キロのコースをたったの6回。
ハーフの距離を走れるだけの筋肉ができていなかったのです。
両脚はまるっきり「棒」のようになり、だんだん感覚がわからなくなってきました。

ただどうしてもこの大会、目標タイムで走り切りたかった。
残り6キロを走り続けられたのは、ただただその思いだけでした。

走りながらアタマの中で計算します。
目標タイムまでの残り時間、残りの距離、
1キロあたり何分のペースで走れば目標タイムに間に合うのか。
加速ができないなら減速しなければいい。
とにかく一定のペースで走り続ければいいのです。

計算結果、いまのペースならギリギリ間に合う!
ど根性なら誰にも負けませんからね。

とてつもなく長かった残り6キロでしたが、
スタート時のスタートラインを超えるまでのロスタイムもあり、
目標タイムより約4分早い、
2時間26分でなんとか走り切ることができました。


飴ちゃんとど根性で走った約21キロ。
ど根性を支えてくれたのは、「大切な」友だちからの応援メールでした。
走るのはひとりですが、走っているときはひとりじゃない。
そう思えたから頑張れました。

応援、本当にありがとう!!!
大好きな映画のひとつに、いや、ふたつなんですけど、
「ダイ・ハード」と「ダイ・ハード2」があります。

悪いときに悪いところへ出くわす世界一運の悪い男、
ニューヨーク市警の刑事ジョン・マクレーンが活躍するシリーズ。
ボクは、ブルース・ウィリス演ずるこのジョン・マクレーンが大好きです。

どんなに痛い目に遭わされてもひどい仕打ちを受けても、
「なんでオレだけこんな目に……」
とブツブツぼやきながら、でも決してあきらめない。

2作目「ダイ・ハード2」でもジョン・マクレーンは
次々と危機また危機に見舞われます。
行く先々で八方ふさがりになってしまう。
でも絶対にあきらめない。
どんな状況でもいまそのとき自分にできることを考え行動します。

ラスト近く、航空機を奪って逃げようとするテロリスト集団を追うべく、
実は空を飛ぶことが大嫌いなんだけど
マスコミのヘリコプターに同乗させてもらったジョンにレポーターが訊きます。
「(飛ぶことが)怖いの?」

このときの、ジョンの答えが大好きなんです!

「ああ、飛ぶのは嫌いだ。でも負けるのはもっと嫌いだ!」

「負ける」ってのは、「テロリストに負ける」ってこともそうでしょうけれど
それよりもきっと「自分に負ける」ことなんだろうな。


およそ10日後、3月11日(日)にハーフマラソンを走ります。

制限時間は2時間30分。

今までの自分の実力を見てみると、
ベストのペースで走り続けないと、制限時間内でハーフの距離を走り切れない。

それなら、とっとと走る練習すればいいのに、
仕事が忙しいとか発表会があるとか訪問演奏があるとか、
自分で自分に言い訳して走ってこなかった。

睡眠時間がずっと3時間以下で結構体力弱っているし、
きっと制限時間オーバーしちゃうだろうし……。
今回は出場取りやめようか。
正直そう思ってしまいました。

そこで思い出したのが、ジョン・マクレーン。

自分で決めてエントリーしたのに、何の努力もしないであきらめてしまうなんて、
自分に負けてしまうなんてありえない。
すでに自分で自分に言い訳しているところからして、そんな自分が許せない。

今年はもっともっと大変なことをやろうと自分で決めて、
それに向かっていっているところ。
それなのに、たかだかハーフマラソンくらいで、
やってみる前からできないと思ってしまうなんて。
はー、情けないぞ>自分。

で、昨日から走り出しました! 

制限時間内にハーフの距離を走り切れる勝算、
まったくないですけど、やるだけのことはやりますよ!

自分に負けないために!
最近また、小説を読むようにしています。

「小説が書かれ読まれるのは、
 人生がただ一度であることへの抗議からだと思います」

これは大好きな作家のひとりである、北村薫さんの言葉です。

昨年末以降、21冊の小説を読みました。
21の人生を生きました。

どの人生にも、現実のボクの人生では経験できない、
喜びや怒りや悲しみや楽しみが詰まっています。

そうした、「人の想い」を吸収して、もっともっと大きな人間になりたい。
いかなるときも、何ものにも負けないような、強い自分になりたい。

そんなふうに思いながら、今日も小説を読んでいます。
「あたりまえ」を「ありがとう」と言うのが感謝
「だから、なに?」を「おめでとう」と言うのが賞賛
「もう、ダメだ」を「これからだ」と言うのが希望
「なりたいな」を「なってやる」と言うのが決意
「もういいや」を「まだ待とう」と言うのが忍耐

言葉だけでも認識は変わる

(言葉だけでも認識は変わる : 2chコピペ保存道場 より)


言葉には魂があると思います。

悪い言葉を使えば、悪いことを呼んできてしまう。
いい言葉を使えば、自然といいことが寄ってくる。

そんな気がします。


考え方もきっとそう。

フルートの先生から教わった考え方
「本番まであと1日しかない」ではなく「本番までまだ1日もある」

「……しかない」だと、焦ってしまってうまくいくこともいかなくなってしまうかも
「……もある」と余裕があれば、多少のことならきっと勢いで乗り切ってしまえます

先生には10年以上習ってますからね
さすがにこの考え方は
もうカラダにもココロにも染み付いてます。

「……もある」と考えられれば、絶対にあきらめない。
どんなに追いつめられたとしても、
できることやるべきことは、必ずありますもの。
「神様、自分では変えられないことを受け入れる平静さと、
 自分に変えられることを変える勇気と、
 そしてそのちがいがわかるだけの知恵をお与えください。」
(アメリカの神学者・牧師 ラインホルド・ニーバーの言葉)


ボクが大好きな映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズに主演した俳優
マイケル・J・フォックスの自叙伝『ラッキーマン』からの引用です。

マイケル・J・フォックスは、人気絶頂の30歳のときに、
退行性の神経疾患であるパーキンソン病と診断されます。
パーキンソン病は、現在、治療法の見つかっていない不治の病。
手足に震えが出て、動作が緩慢になり、
やがて意のままに体を動かすことができなくなってしまうという、
俳優にとっては致命的な病気です。

病に侵されてからマイケルは、
毎日、このニーバーの言葉を唱えて祈ったそうです。


彼は運命を受け入れるだけでなく、自ら行動を起こします。

パーキンソン病の治療法を研究し、この病気の情報を公開し、
また、この病とともに生きる人々をサポートするために
「マイケル・J・フォックス基金」を設立して、
自分の本の利益をこの基金に寄付しています。


マイケル自身、家族や友人のサポートを受けながら、
今も、闘病を続けています。

『ラッキーマン』で、彼はこんなふうにも言っています。

「この病気にならなければ、ぼくはこれほど深くて、
 豊かな気持ちになれなかったはずだ。
 だから、ぼくは自分をラッキーマンだと思うのだ。」


平静さと勇気と知恵を持ち、
どんなにつらくて大変なときでもポジティブに前向きに。

ボクも自分をラッキーマンと言えるように。