こちらは全く知らない人ですが、これも72年の昔小学校に入る前のことでしたが、春先 母に連れられて家の近くの川の土手へ、飼っていたうさぎのえさの草取りに行ったときのことでした。

木綿の霜降りの学生服を着た高等小学校くらいのお兄さんと出会い、明日満洲へ行くのだと言っていました。母は「一人でえらいね」と言い、「頑張ってね」と言って別れました。

きっと、今まで富士山を背に遊んだ故郷の野辺に別れを告げに来たのでしょう。

 後に思えば、満州開拓青少年義勇隊だったのです。当時8万余の青少年が送り込まれ,ほとんどの人達が帰らぬ人となったとのこと。その後 その人の姿を見ることは有りませんでしたが、顔も姿も今も憶えています、深く心に刻まれることだったのでしょう。国は戦争だけでなく、余計なことを一杯してくれたものです。

 

小学校に入る前の小さなとき、うさぎのえさを取りに行ってたときの思い出です。